ANIRON

ひとりごと日記

2021.08.02 「母殺し」と「母恋」と

昼頃、母から電話がかかってきて一日気がめいって落ちこんでいた。

お金の話は身内であってもしたくはないのに、あれこれとお金がない自慢をされてしまって、辟易しながら聞き流していると、妹が「あの子は恵まれているからいいよ」と云ったと聞いた。

親元にいた時には親友から嫉妬され、結婚をすれば働いていて未婚の妹から嫉妬される。

嫉妬されるほど豊かな生活を送っているわけではないし、毎日死にたい気持ちをこらえながらなんとか生き延びているのに、そうして嫉妬されるたびにエネルギーを吸い取られてしまう。

 

創作でも全く同じで、3人のそれぞれ違う異性から嫉妬していますという趣旨のことを明白に云われて参ってしまったこともある。

かつて付き合いのあったご婦人は、私とは比べ物にならないほど豊かな生活をなさっていたけれど、当然嫉妬の感情を向けられて、彼女はスピリチュアルに傾倒していたので、嫉妬除けのお守りを持っていたそうだ。

それぐらい嫉妬というものは受ける側のエネルギーをことごとく奪う。呪いのようなものだと思う。

それを平然と私に伝える母の神経も理解できないし、本当に参ってしまって、食欲もなく、蕁麻疹も出て、ただただ鬱々としていた気がするけれど、それから数時間の間、何をしていたのかよく覚えていない。

Twitterもほとんど観なかったし、ブログも書けずじまいで、本も読めていないとなると、ただひたすら虚無を食んでいたのだろう。

詩を一編書いたのは覚えているけれど、出来はあまりよろしくない。

こういう時には短歌が傍にいてくれるはずなのに、思想の揺らぎの問題でなかなか手が伸びずに日々が過ぎてゆく。

代り映えのしない日々がなんとも虚しい。

 

やむなく主人が買ってくれていたのむヨーグルトをいただいて元気を出そうと思い、積んでいた漫画を一冊読んで、自分の機嫌を取ろうとしたのだけれどうまくいかない。

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起きているのもつらくなって横になり、少しだけ眠った。

 

それから主人が帰ってきて天ぷらを作ってくれて、私の好物のお刺身も用意してくれて、ありがたいと思うのだけれど、メンタルが一向に改善せず、結局一日に服用できる頓服を3錠すべて飲んでしまった。

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せっかくお刺身を買ったのだから、元気を出してと主人に云われたのだけれど、鬱々とした想いは晴れなかった。

それから主人にフォトウエディングで私の実家から支援を受ける代わりに、椿山荘でフォトウエディングをするようにと云われている件に関して、援助を受けたくないとの申し入れがあった。

母と主人との関係もあまり良くなくて、云い分はもっともだと思う。

当初は椿山荘でと考えていたけれど、信仰が揺らいでいる今、聖グレース大聖堂で挙げたいという気持ちも高まりつつある。

信仰の問題を日々書いているのは、こうした挙式に直結しているからで、なんとも難しい。

今は気持ちが神道に傾いているけれど、カトリックもまた私のルーツのひとつではあるし、聖グレース大聖堂はいずれの宗派にも属さない、ただ挙式をするためだけの教会とはいえ、やはり教会という形式は重んじたい。

 

そういうこともあってさまざまな葛藤もあり、年々濃縮されてゆく母の毒気に当てられていて、どうにもその救済を描く物語を自分自身の手で紡がなければ、私は生きていけないのかもしれないと思う。

母殺しの物語はこれまで何度も書いてきたけれど、今なおそのテーマは私にとって自分の作品の根幹をなしている。

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kakuyomu.jp

一度だけ母恋の物語を書いたこともあったけれど、それも現実にはあり得なかった母親のまっとうな愛情というものに焦がれてのことだし、母殺しと母恋は私の場合表裏一体のテーマなのかもしれない。

kakuyomu.jp

ここのところ体調はいくらか安定してきているのはたしかだし、そろそろ小説を書いても良いかなという気持ちになりつつある。

そのためにも日々読書に励んでいきたい。

2021.08.01 「神道」という問題と信仰のゆらぎと

朝から悪夢を3本つづけて観て、最悪な気分で目覚めたのだけれど、今日も神棚にお詣りをして、気持ちを整えて過ごした。

昨日は初めてのオンライン定例会ということもあり、初めて話す人ばかりで緊張もあって疲れてしまったのかもしれない。

今日はおおむね体調を崩すこともなく過ごした。

朝から何本か記事を仕込んだ。

snowrabbit21.hatenablog.jp

evie-11.hatenablog.com

 

記事の貯金も尽きてきたし、また励まねばならない。

幸いにもすみっコ農園に復帰したので、ネタには困らないのだけれど、そればかりというのもどうにも魅力に欠ける。

やはりインプットをしなくてはと、『角川短歌』7月号を読んだ。

ここに書こうと思ったのだけれど、思いのほか長くなったので別途記事にまとめた。

evie-11.hatenablog.com

『角川短歌』とは別に瓜生中『よくわかる山岳信仰』を読み進めた。

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ところどころ飛躍があったり疑問に感じる点があったり、時代が前後したりするので、やや難点はあるのだが、おおむね基礎的なことがまとまっているので、復習にちょうどいい。

中でも

最近は「神道」という言葉が極めて無神経に使われており、神道の中にこそ日本民俗の「心」のルーツがある、といった短絡的な物言いをする人が少なくない。

(…)

伊勢神道吉田神道といった場合の「神道」は、自己の権威を高めるための極めて政治的、政策的に組織化されたものなのある。だから、そこには日本民族の心のルーツといった側面は見られない。

精神的な拠り所としての原型は、今も地方の山村などで行われている素朴な神事や祭事、そして、神社を中心とする村人たちの素朴な信仰の中に見られるのである。敢えてこのような信仰形態に名前をつければ「神社を中心とする日本固有の神々に対する素朴な信仰」ということができるだろう。どちらかというと『日本書紀』に見える「神道」という言葉に近いニュアンスで、「伊勢神道」や「吉田神道」、ましてや「国家神道」とはまったく異なる概念であるということができる。

── 瓜生中『よくわかる山岳信仰KADOKAWA、2020年、p85

という箇所は基本的な学界共通の学識に則っており、一般の読者に向けてきちんと提示されていることに好感を抱く。

私自身が神道に対して離れざるを得ないと一時期考えていたのも、まさにこの問題に他ならず、私のルーツはここに書かれているところの「伊勢神道」「吉田神道」「国家神道」ではなく、 故郷の村に現存する「神社を中心とする日本固有の神々に対する素朴な信仰」であったことから、自己検閲の枷を外すことができた。

保守的な思想を抱きながらも、やはり国家神道を許容するということは、私の記紀神話学徒としてのポリシーに反することだし、それを神道は乗り越えねばならないのに、結局乗り越えられないままここまで来てしまったと思っている。

記紀神話を学んでいて、あくまでも時の権力者の政治的な道具として神道が形作られてきたという経緯を学び、それまでの素朴な信仰が打ち砕かれそうになったことも一度や二度ではなく、大変心苦しい想いをしたものだ。

そこで私が求めたのはヤマト王権時代の三輪山祭祀だったのだけれど、そもそも記紀神話の成立そのものが極めて政治的な意味合いを持つ以上、どんなにさかのぼったとしても、それを是とすることはなかなか難しい。

一方で私のアイデンティティには依然として故郷の村の素朴な信仰が息づいており、これを完全に否定することも許容しがたい。

そこで求めたのが、神道から脱したキリスト教への渇仰であった、と今のところは整理している。

キリスト教への憧憬は完全に断たれたわけではないし、むしろこうして学識と良識に則れば、おおよそ神道というものを完全に無批判に受け入れるわけにはいかないのではないかという想いを新たにする。

それが私が学んできた学問の路だったし、どうしても否定しがたい。

そうしてふたたび神道に幻滅した時、私はもう一度キリスト教カトリックの門を叩くことになるのかもしれない。

どうにもここのところ思想の話が多い。

お付き合いくださり、ありがとうございます。

 

それからルピシアデカフェ・桃と塩ヨーグルトをいただいて、主人はオンライン飲み会をするというので、ひとり分の夕食を整えて、彼杵茶でお茶をした。

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 彼杵茶は出身地長崎の銘茶で、出身地を応援するために愛飲しつづけている。

ここのところ暑さも厳しく、リビングにエアコンを設置できない構造になっているので、なかなか温かいお茶をいただく機会がないのだけれど、こうして煎茶をいただくとやはりほっとする。

コーヒーよりも紅茶派で、紅茶よりも煎茶が好きだ。

とある方に茶道を習ってみてはと勧めていただいたのだけれど、生来の人見知りなのでなかなか叶わずにいる。

お茶についてももっと学んでみたいという気持ちはあるし、器や茶道具を美術館で観るのも好きだが、どうにも私のような人間には敷居が高く感じられてためらってしまう。

しかし茶道の本はいろいろと出ているし、それらに触れてみるのはいいかもしれない。

2021.07.31 サークルのオンライン定例会への参加

朝方まで眠れずに4時ごろ眠って9時頃郵便で起こされ、さらに二度寝して13時ごろ起床。めちゃくちゃだ。

DMMでポイント50%還元セールを行っていると聞いたのだけれど、積んでいる漫画も多いし、どうにも気乗りしなかったので、結局何も買わずじまいになりそうだ。

代わりにTLに流れてきたこちらの双極性障害の方のリトルプレスの日記を買うことにした。

inumachi.stores.jp

かねてからメンタルヘルスの闘病日記には興味があったし、はてなブログでもメンタルに持病のある方の日記を読んだりする。

それを本という形にするとどういう趣が生まれるのだろうかと興味をそそられた。

ゆくゆくはこの日記も電子書籍にしてもいいのだけれど、あいにくと図書館エッセイ本の校正が滞っている状況なので、当分先になるかもしれない。

それでもそうした持病のことを発信しておられる方がいるということは闘病の励みになるし、今から届くのが楽しみだ。

DMMで気になっていた漫画はゆくゆくは中古本で買うことになると思う。

 

それからしばらく短歌を詠んだりぼんやりしたりしていた。

昨日主人と話してから、いくらか気が楽になったので、できればまた毎日詠む習慣をつけたい。

ここのところすっかり2日に1度とか、3日に1度とかになっている。

ここ数日書いてきたように、思想的な問題もあったし、折本歌集『晩夏の詩神』を作ってから、まだなかなかモチベーションが上がらずにいるので、ご購入報告・感想等いただけると大変励みになります。

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そのあとルピシアのマスカットをアイスティーで淹れていただいた。

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できればアイスティー用の茶器が欲しいと思ってしまうのだけれど、ひとまず煎茶用のグラスの器で代用していて、これはこれでいいかとも思っている。

桜モチーフを選んだのは単に自分が好きな花だからということが大きいし、そうして気に入ったものは大事にしたい。

なかなか日々消耗していると美しいものに目を留める余裕もないのだけれど、それでもこうしてささやかなお茶の時間を楽しむことは、私の糧になっているから、今後ともつづけたい。

 

それからサンエックスの公式ショップで届いた星空さんぽシリーズのしろくまのぬいぐるみが届いた。

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公式ショップでは売り切れていたので、ヨドバシでねこちゃんを注文している。

今から届くのが楽しみだ。

 

それからしばらく偽ドキドキ文芸部! のオンライン定例会に出て話した。

twitter.com

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自分の作品について思いのほか言葉を費やして語る機会を与えていただき、本当に感謝している。

他者表象の問題や、詩型の必然性の問題など、さまざまな議題が持ち上がって盛り上がり、はじめのうちは作品の好悪だけで話が進むんだろうかと危惧していたのだが、いい意味で裏切られた。

詩の読み手として優れている方もいらっしゃって、私の作品にもアドバイスをいただき、大変励みになった。

また自由詩と散文詩という詩型について学ぶこともできたし、私自身自由詩はあまり書いてこなかったので、今後挑戦していければと思う。

ゆくゆくは電書で詩集を編むとのことで、今から楽しみだ。

2021.07.29-30 思想と持病と創作と

 

2021.07.29

一日フィジカルの体調が悪く、まともに創作ができなかった。

もともと微熱を出しやすいタイプなので、今回もコロナではないと思うのだけれど、こんなご時世なので参ってしまう。

結局一日短歌も詠めず、詩も書けないまま過ごしてしまった。

弱り果てているときこそ短歌を詠めばいいのだし、日記を書けばいいのだけれど、いい加減この一向に改善しない体調に倦み疲れている。

短歌のことをさまざまに考えると気が重く、多くの言葉は割かないでおくけれど、投稿をするのはやめておこうという気持ちに傾きかけている。

今後は詩の投稿に励んで、短歌は趣味的に詠んでいきたい。

 

夕方、ひぐらしのなく声を聴いた。

やはりこの住まいから引っ越すことはしばらく考えたくないなと思う。

主人はここは自然がある方だというけれど、それまでの私は到底そのように思えなかった。長崎で生まれ育って、故郷はそのさらに辺境にあり、海と山とに囲まれた村で、水神・土神の碑があちらこちらにあって、それにお酒や花を供えて祀られている土地だったから、私が神道アイデンティティを見出すのも必然性があってのことだった。

だから東京へ来て、失われてしまった自然がなんとも恋しくて、信仰のよすがも奪われてしまった気がしてつらかった。

カトリックへ傾倒しかけていたのもそれが大きな要因だったのだけれど、日中は蝉の声がけたたましいほど聞こえてくるし、窓の外には木々が茂り、こうしてひぐらしの声にもはっと驚かされる。

そういう自然の中にいるのだと思うと、安らぎを感じる。

お宮をお迎えして良かったと心から思う。

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本当は高いところに飾らなければならないのだけれど、視界に入る方が私には安心材料になるので、棚の上にお祀りしている。

毎朝お詣りして、「今日も一日お見守りください」と祈る。

それだけのことなのだけれど、心の安らぎを得るには、この自然とお宮があれば、それで十分なのだと知った。

 

2021.07.30

大変な一日だった。

起きた昼頃から豪雨が降って、なぜかテレビがつかなくなり、水道も止まってしまって、管理会社にリモートワーク中の主人が連絡してくれて、不具合を直してもらって事なきを得たけれど、そこから天候は安定せず、情緒も不安定で、フィジカルの調子も悪かった。

胃腸の調子を一ヶ月前から崩していて、いい加減内科に行かねばと思うのだけれど、ずるずると先延ばしにしてしまう。その病院はワクチン接種も行っているから、どうにもコロナが怖い。

基礎疾患持ちでワクチンは未だに接種できていないし、どうにも気が進まない。

別の病院に行けばいいのだけれど、歩く元気がないことが多いのと、この暑さにも参っていて、日中は出歩く気になれない。

しかしそうするといつまでも内科に行けないということになる。

腹痛はないし、発熱も微熱の範囲内で、微熱は年中出るタイプなので、そう大きな病気ではないと思っているのだけれど、不安は少しずつ募る。

さらに婦人科系のトラブルもあって、こちらも要検査といったところだ。

これまでに検査したところでは毎回異常はなかったのだけれど、念のため検査した方がいいのかもしれない。

いずれにせよもし大きな病気だとして、早死にするのなら願ったり叶ったりだという想いも正直ある。

主人より早く死んでしまいたいし、未来への希望もまったく抱けない。自殺する元気も勇気もないまま生きているから、病気で死ぬのならそれはそれでいい。

どのみち長生きはできないのだろうなと腹を括っている。

 

そうしているうちに今度はメンタルの発作が出て、こちらは昨夜から発作が出ているので、医師に話さねばと思う。

レキソタンでは発作を抑えられないのは自明で、抗精神薬で無理に抑えている状態なので、また増薬か、と他人事のように思う。

発作に耐えかねて呻いていたら主人がやってきて、体をさすってもらって、横になってお宮を仰いで、それでいくらか気持ちは楽になってきたけれど、夏場は体調を崩しがちだから、どのみちこうしてあと何度も同じような状態になるのだろう。

とにかくこんな有様ではどのみち小説を書くことはできないだろうし、せいぜい詩作に励み、作歌をつづけるしかない。

今日もまともに創作ができないまま一日が終わろうとしていて無駄に焦りが募る。

 

そうして夜になり、主人と短歌や政治、オリンピック、思想、詩といった話を交わしながら飲んだ。私は飲むヨーグルトルイボスティーをいただいた。

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短歌を投稿することは励みにもつながるのだし、歌壇というものをあまり意識しなくてもいいのではないかと云われて、いくらか気持ちが楽になった。

私はあまりにも悲観的に捉えすぎていたのかもしれない。

左派の主人に冗談まじりに「右翼短歌を作って」と云われて少し悲しかったけれど、それでも思想の違いはあっても、話しながら互いの主張を重ねていくのは有意義だったと思う。

ナショナリズムを完全悪だと捉えることにはやはり異を唱えたいし、愛郷心がひいては愛国心へとつながると考えているし、そこにあの戦争に起因する深い断絶があることこそが、この国の悲劇的な問題なのだと思う。

私は家父長制の崩壊と伝統的な宗教的基盤の崩壊こそがこの国に危機をもたらしていると思っている。

そういう点ではどうしてもフェミニズムとは相容れないし、行き過ぎたポリティカルコネクトレスにも異を唱えたい。

 

とはいえいかなる差別主義も排外主義も、それらと同様かそれ以上に理解しがたい。

ナショナリズム自国第一主義というわけではないのだろうし、たとえば自国のために他国を戦略的に援助するということは、これまでにも行われてきたことだ。現に中国も同じ手法で一帯一路政策を推し進めてきた。単なる排外主義ではこの世界情勢をサバイブすることはできない。

自国が生き延びるために他国と手を結ぶ。他国を手助けする。そういう視野の広い戦略が必要なのだと思っている。単に食料自給率を上げるべきとか、半導体の生産力を上げるべきとか云っても、もはや他国の協力なしにはこの国際競争は勝ち抜けない。

ましてや隣国を口汚く罵るのは、もはや愛国心でも何でもなく、ただの知性なき差別主義や排外主義で、これは絶対に遠ざけねばならない。学ぶべきところは学んで、生かすべきものは生かす。

是々非々で柔軟に考えるべきなのだろうと思っている。

 

……何の話だ。

話を飲み会に戻す。

主人に私が詩誌に投稿した詩の一節を暗誦してもらえて、八十八ヶ所巡礼の「紫光」のようだと評してもらえたことは少なからず励みになった。

www.youtube.com

主人は私の作品をめったに褒めないし、詩に関しては意に介さないことが多いのだけれど、それだけに暗誦してもらえたことがうれしかった。

それから主人の朗読する『声でたのしむ 美しい日本の詩』を聴いた。

高村光太郎「ぼろぼろな駝鳥」や田村隆一草野心平の詩の朗読を聴いて、声の通る主人の朗読は心地が良いなと思う。

私自身は朗読を前提に詩を書いているわけではないけれど、やはり心の中で音をたしかめながら詩を書いている。

詩は調べなのだということを改めて感じたし、それ以上に詩というものの自由さ、間口の広さを改めて魅力に感じた。

ここのところツイートで共感することの多い、最果タヒさんと岩倉文也さんの詩集はぜひ買って読みたいと思っている。

 

2021.07.29  短歌と思想と

 ココア共和国を読んで詩を投稿した。

『ココア共和国』2021年8月投稿詩傑作集Ⅱまで読んだ。
篠崎亜猫「雨の日の詩情」、岩佐聡「仮形成」、片野翠子「もうどうでもいいわ」、林やは「羊水の春」が素晴らしい。詩の自由さと、本質を感じた作品の数々で、詩を読む喜びを与えてくれたものばかりだった。
詩作の励みになるなと感じた。

evie-11.hatenablog.com

 

それからようやく自作の折本を作った。

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療養短歌をテーマに詠んだ、短歌30首を収めた折本歌集のPDFです。 失われた恋への挽歌、過ぎ去った夏へのノスタルジーをサブテーマとし、ダークでゴシック、耽美な作風を志向しています。

世の終わり詩神は死せず海の果てきみとふたたび巡り逢うまで

AnthemはCoccoだったね沈黙を守ってふたり白百合の園

幸いにもフォロワーさんも出力して折ってくださったようで、大変うれしかった。

ご感想もいただき、主人に「生気を奪われる」と評されてだいぶ凹んでいたのだけれど、それでも評価していただけたことが励みになった。

 

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それから角川短歌7月号を読み進めた。

ここのところ読みたい本が多くて、読み差しの本もいくつもあって、なかなか集中して本を読めずにいる。

ひとまず読み終えたら投稿をしようと思っている。

詳しいことはこちらの記事にまとめた。

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神棚を新たに設け、思想は保守に拠りながら、それでもキリスト教へのあこがれや、ノンバイナリーとしての自我を完全に切り捨てることはできないし、それが創作の糧となっているのなら、むしろ生かすべきだとも思う。

ここのところ急激に視野が狭くなっているという自覚があり、あまり好ましいことではないなと思っている。

カトリックに帰依することはないかもしれないし、あるいはいずれどこかで帰依するかもしれないけれど、いずれにせよ創作のイマジネーションの泉として、拠るところは大きい。それはそれでいいのだろうと思う。

白黒をつけてどちらかを選ばねばならないと考えれば自ずと苦しくなる。

そして自然と自分の思想というものは短歌に表れていくのだろうし、その結果生まれてきたものが、たとえ歌壇に歓迎されないものであったとしても、私は私の作品を掲げていくしかない。

 

そうして短歌を詠んだのだけれど、まだうまく自分の立ち位置が定まらなくてもどかしい。上の記事にはこのように書いたけれど、短歌と思想とはやはり切っても切れないのだなと思い至る。

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神棚をお迎えして、毎朝お詣りしていると、やはり私は神道を奉じていたいのだなと思うし、それでいくらか気持ちが安定したのもたしかだ。

しかし信仰を歌に詠んでみると、どうにもつまらないものになってしまった。私の技量がまだまだ足りていないということなのだろう。

カトリックには聖歌があり、日本にはanthemとしての和歌がある。

記紀万葉の時代から、神々を讃える歌は受け継がれてきた。

やはり古典和歌を読んだ方がいいなと思う。
古今和歌集新古今和歌集中西進先生の『万葉の秀歌』は読んだけれど、ずいぶん前に読んだので、できれば積んでいる塚本邦雄の『定家百首』『王朝百首』なども援用しながら読みたい。

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また『万葉の秀歌』はかれこれ5年ほど前に図書館で読んだきりなので、記憶が薄らいでいる。ぜひ手元に迎えて読みたい。 

 

2021.07.27  神話なき世界

※以下の記事には政治的な主張が含まれます。関心のない方は「神話なき世界」を飛ばしてお読みください。

 

神話なき世界

低気圧の影響で一日体調が悪かった。

コロナのことはあまり書かないと決めているのだけれど、感染者数が過去最多に上ったとのニュースで、ますます気力を奪われる。

ワクチン接種の2回目の予約も取れていない今、基礎疾患持ちの身としては自粛生活をつづけるしかない。

9月に結婚式を控えていて、それも気が重い。

両家だけのこぢんまりとした神前式になる予定だけれども、実家は地方住まいということもあってか出かけ放題だし、先日は妹が東京から地元に帰省したとのことで呆れてしまう。

危機意識を身内と共有できないつらさはなかなかつらいものがある。

こうした危機的状況のさなかで開催されるオリンピックのことも、やはりどうしても許容できない。

今日はずいぶんとTwitterに居座ってしまったけれど、結果的に精神的に参ってしまっただけなので、やはり今は距離を置いておきたい。

オリンピックの善性という仮面が失われてしまった今、分断は深まるばかりだ。

この分断を癒すためには物語が必要で、かつてはそれを宗教や国家という幻想が担っていたのだけれど、今はその幻想も破壊し尽くされてしまった。

私は安倍政権を全面的に支持していたわけではないけれど、安倍政権が示したナショナリズムは、やはり国家という神話を多くの国民が共有し、そこに精神的なよりどころを感じていた人が多かったのだろうと思う。

ナショナリズムは排撃すべきものとして高等教育を受けてきた身としては、まったく盲目的にそこに与するわけにはいかないけれど、それでもナショナリズムという幻想、あるいは神話は、やはりどうしても人々には必要なものなのではないかとも思う。

それがより善き方向にはたらくことが重要なのであって、排外主義に偏った悪しきナショナリズムとは峻別する必要はあるのではないか。

そうしたことを学ぶべく、以下の本を注文した。

 そして今検索してみるとこうした本も出ているとのことで、上の本を読み終えたらこちらも読みたい。

もちろん『想像の共同体』を読めればいいのだけれど、大学の講義である程度かいつまんで学んでいたこともあり、またそこまでの体力的余力は今の私にはないので、追々の課題としたい。

とにかく保守を自認するにせよ、感情だけに流された排外主義とは距離を置かねばならないと強く思っている。

そのためにもしっかり学ばねばならない。読むべき本は多い。 

 

日記パート

一日食欲もなく、思い返せばここ一週間ほど一日二食で過ごしているなと思い至った。

食欲のない時には無理に食べないと決めているので、今の私にはそれぐらいの食べ方がちょうどいいのかもしれない。

メンタルの状態も今日は不調だけれど、いつものように烈しい気分の落ち込みがあるわけではなく、なんとなく気分が悪いというところにとどまっている。

体重も47kgから、キープしていたい46kg台に戻ったし、無理に食べるのは今後ともやめておきたい。

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昼食を摂らないかわりに、のむヨーグルトをいただいた。

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主人が買ってきてくれていたもので、糖分が控えめなところが飲みやすくていい。

糖分の摂取は気をつけたいところなので、アイスコーヒーは控えているし、基本的にはノンシュガーの飲み物をいつもは飲んでいる。

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style.nikkei.com

「おなかがすいたときに食べ、満腹になったら残すのが大人の食べ方。食欲が湧かないときは1食抜いてもいい。体が欲する自然な食べ方をすることで体形も引き締まります」

これを実践していきたいと思う。

体調の悪い時には無理に食べない方がいいという言説も見かけるし、あまり身体に負担をかけない方がいいのかもしれない。

今はできるだけゆっくり身を休める時間を作らないと、昨今の世の中のギスギスとした雰囲気に呑み込まれて参ってしまいそうだし、自然音や、広橋真紀子さんの音楽も活用しつつ、できるだけ自分をいたわる時間を設けたい。

2021.07.26  お宮をお迎えしました

お宮とお札立てが届き、さっそく安置した。

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本当はお札は壁の高いところに祀るのが正しいのだろうけれど、視界に入るところでないと安心感を得られないので、壁に立てかけて飾ることにした。

お守りは色合いも揃って美しく、本当にお迎えして良かったと思う。

さっそくお詣りして、BOOTHで歌集をお買い上げいただいていることの感謝の気持ちをお伝えした。

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同時にルピシアからデカフェ・白桃とマスカットのティーバッグも届いた。

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ルピシアの紅茶は上品な味わいで弱っている時にも飲みやすいので、今給水器に入れているルイボスティーが切れたら使いたい。

それからしばらく記事を書いた。

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プロ志向を目指すだけの精神的な余力がないと思い至ったのだが、一晩経ってみて、あれから気持ちがまだ揺らいでいて、まだ完全に折り合いがついているとは云いがたい。

まだ詩も短歌も詠みためて、書きためて、その中からいくらか優れていると思うものがあれば、やはり投稿してみたいという想いもある。

なんにせよまだ投稿生活ははじまったばかりで、根を上げるのは早すぎるだろうし、日々の励みも必要だから、もう少し前向きに捉えた方がいいのかもしれない。

ここのところ世の中のさまざまな動向で気持ちが萎れていたこともあり、なかなかポジティブな気持ちになれずにいたのだけれど、希望は自らの手で作り出すものだという信念は揺らがない。

その希望の果てに結果が出るとはまだ思えないけれど、それでも励んでいきたい。

 

それから主人が缶詰の桃を買ってきてくれて、ルイボスティーとともにいただいた。

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主人とはしばらく政治や思想、学問の話などをした。

まだまだ私は至らない身だけれども、主人と話しているともっと学問に身を入れなくてはという想いを新たにする。

そういう人とともに暮らしているということが何よりの励みになるのかもしれない。

興味関心のある分野は違うし、政治的な主張も異なるけれど、それでもいい刺激になっている。

そうした環境にあることに感謝しつつ、今後とも読書に邁進していきたい。