ANIRON

ひとりごと日記

2021.04.18 ゲームとアニメと

結局昨日は0時頃寝て、悪夢の連続で目を覚ましたが、比較的調子のいい一日になった。

主人がプレイする牧場物語を観戦している間は余計なことを考えずに済んだ。 

 

今日はひとりでいる時間を減らしたことが結果的に良かったのかもしれない。

とはいえその分消耗するのもたしかなことで、今は気晴らしをしても疲れるばかりで、楽しいこともなかなか前向きに楽しめない。

きっと明日は一日消耗しきっているだろう。

薬局に薬を受け取りにいかねばならないのだが。

 

昼ごろルピシアのサクラを淹れていただいた。

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それから自室に帰って『絶望名言』2を読み終えた。 

 

ベートーベンの絶望名言の数々に何度も泣き、ゴッホの慈愛に満ちた絶望に勇気をもらいながら読んだ。今私は持病で困難な状況にあるけれど、そんな時にこの本が傍にあってくれたことを心からありがたく思う。1巻も良かったけれど2巻もそれにひけを取らない内容で大満足だった。まだまだ夜は明けないけれど、そのたびにこの本を開いて読むことにしたい。

昨夜、電子書籍に関する記事を書いて、この本のことにも少し触れたが、詳しい内容までは書けずじまいでいる。

evie-11.hatenablog.com

主人にこの『絶望名言』について話すと、私がエッセイ本を作りたいと話したことを覚えていたらしく、ぜひ書いてねと云われた。

お互い小説を書いている人間なので、小説の話はかなりセンシティブなものとなってしまい、衝突することも少なくないのだが、エッセイというのはある意味我が家にとってのブルーオーシャンなのかもしれない。

私が小説を書くことを今のところあきらめかけているのは、持病が第一の理由ではあるけれど、第二に主人との兼ね合いのことがある。

お互いに小説を書く人間が一つ屋根の下に暮らすというのは、たとえ素人であってもなかなか楽なことではない。

私自身も少なからず迷惑をかけてしまった側面もあるし、今はカサンドラ症候群の本にあったように、ひとまず自分のことは置いておいて、主人を応援することもいいのかなと思う。 

 

エッセイや詩歌など、小説から少し距離を置いたところで活動をしたいと強く思うようになった背景にも、主人との兼ね合いが少なからずつきまとう。

なにより小説の構想を練る時点で体調を崩すようになってきていたこともあり、少なくとも今は小説から離れたところで創作活動をしたいと思う。

とはいえそれもまたしばらく先になるかもしれない。

現時点でやりたいことや目標は固まりつつあるけれど、それらが強いプレッシャーとなると自分を過度に追いこんでしまうので、今は詳しく触れたくない。

 

それから先日届いた「すみっコぐらし たびきぶんすごろく」の早期購入者特典のブラックたぴおか(コンシェルジュ)を写真に収めた。

 

 

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主人に「すみっコと出会えて本当に良かったね」と云われた。

すみっコに支えられている部分も少なからずある。

こうしてゲームを楽しんだり、ぬいぐるみを集めたりしていることで、いくらか気持ちが楽になっている部分もある。

ソシャゲのすみっコ農園の方にはすべり台を迎えることができた。

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またひと段落したら別途別ブログに記事を書きたい。

 

そして時々拝見しているとかみしのさんという方の日記に回転式のコミック本棚が紹介されていて、コミックの収納に困っていたこともあり、つい気になってしまって主人に打診したところ、家計費から出して良いとGOサインが出たので注文した。

note.com

www.nitori-net.jp

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色はホワイトを選んだ。

ブラウンと迷ったのだけれど、メインのダークブラウンの本棚をそのうち無印のスタッキングシェルフにする予定なので、ホワイトの方が差し障りがないだろうと思う。

スペースに余裕がなくて本を手放さざるを得ない状況なので、これでいくらかでも解消できればと思う。

図書館にもこうした回転式の本棚があり、そこには新書が収められている。

私の本棚には新書は数えるほどしかないけれど、ある特定のジャンルを収める本棚というのは心がいくらか整う気がする。

コミックを収めているスペースが空けば、本棚にも多少の余裕が出てくるだろうし、床に積み上っている本の収納場所も確保できるかもしれない。

 

それから夕食をいただきながらグレートプリテンダー5話を観たのだが、どうにもオチに難があったのでここで切ることにして、放課後ていぼう部日誌の4話を観た。

グレートプリテンダーはキャラクター造形も背景も優れていただけに、プロットの弱さがどうにも残念でならない。脚本さえ良ければ十分楽しめるアニメだったと思う。

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放課後ていぼう日誌は今ひとつキャラクターの魅力が乏しいのだけれども、箸休め的なポジションで観るにはちょうどいいといったところか。

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ここのところ主人が観賞魚に関心を持って何匹も飼っているので、私自身も魚に少なからず興味が出てきたということもある。

連休中にアクアリウムショップに行くことも決まったので今から楽しみにしている。

できれば先日観た更紗和金と併せて俳句に詠みこみたい。

 

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 お茶はルピシアのセイロンディンブラを選んだ。

主人とアニメ談義になり、次は裏世界ピクニックを観ようということで話が決まった。

もともとこの裏世界ピクニックははてなブログのこちらの記事で知って気になっていたし、百合は好きなので観るのが楽しみだ。

huyukiitoichi.hatenadiary.jp

ここのところアニメを途中で切ることがつづいているので、願わくば最後まで完走したい。

 

それから部屋に帰ってきて、BANANA FISHのサントラをapple musicで聴きながらこの日記を書いているのだが、21時の時点ですでに消耗が激しい。

music.apple.com

なんとか気を紛らわせないとふたたび死の淵に追いやられるかもしれないので、注意しておきたい。

4/1にBANANA FISHアニメ版を完走して、未だその余韻から醒めずにいる。

原作漫画を読むにはPTSDに抵触してしまう部分がありそうでなかなか手が出ないのだが、アッシュの苦しみのいくばくかを自分も感じているのだと思うと、さながら似たような地獄に生きる人間としてのアッシュ・リンクスが実体を伴って私の心の中に存在感を示す。

結局彼は英二という存在によって、最後の最後に救われたのだけれど、私に救いはあるのだろうか。

今はまだ見えない。

2021.04.17 夜はまだ明けない

結局朝の6時まで徹夜してしまった。

昨夜は楽しかったけれど、楽しい分反動がとてつもなく大きい。

今は気晴らしもままならないし、生きるので精一杯だ。

案の定PTSDに由来する悪夢のオンパレードを観て起きたのは15時だった。

 

ここ一ヶ月ぐらいまともな時間に眠れたためしがない。

薬を飲めば眠れるので、睡眠薬を処方されてもどうしようもない。

なんとか決心して布団に入らねばならないのだが、自傷行為の代わりとして、あるいは寝る元気もなくて起きていてしまう。

希死念慮は頭をもたげないのでまだ大丈夫だが、この状態がつづくともう保たないと思う。

毎日今日が一番つらい、今が一番最低だと思ってやり過ごしているけれど、いともたやすく過去最低の日が更新されてゆく。

 

平穏な世界があまりにも遠い。テレビをつけても、ネットを観ていても、ひとりきり別の世界に取り残されているような間隔に陥ってしまう。King Gnuの音楽だけが私の傍に寄り添ってくれる。

先日、iTunes志方あきこ/誰ガ為ノ世界を買った。

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学生時代から志方あきこが好きで、2015〜2017年あたりは良く聴いていた。

この曲も2015年に発表された曲で、

誰もが傷つき 痛みを背負って

誰かを傷つけ ひた走る

酷く残酷な風が 吹き荒れてもなお

譲れない想い その胸に秘めたまま

という歌詞があまりにも刺さる。 

「譲れない想い」を形にすることはできるのだろうかと絶望的な気分になる。

作りたい本がいくつもあるけれど、このような健康状態では到底着手できないし、よしんば完成したとしても、ネトストによるPTSDの再燃で、ネット上のインタラクティブな空間が怖くなってしまって、カクヨムにもしばらく戻れないかもしれない。

KDPもネット上での公開となると、さまざまな反応があるかもしれない。

紙の本ならば安全かもしれないが、販路が限られている以上、在庫を抱えることになるかもしれない。

今はそのすべてが怖い。

今朝、別のブログにコメントをいただいた。緊張してしまったのだけれど、好意的なコメントでいくらか気持ちが軽くなった。

そうして少しずつ暴露療法的に試していくしかないのだろうが、それでも参っていることに変わりはない。

代替案をなんとか考えねばならない。

委託頒布も視野に入れれば、紙の同人誌で出すというのがもっとも合理的なのだろう。

Twitterの再開も考えないとなかなか販路を確保できないのが悩ましいが。

 

ひとまずブランチを摂って、家事をして、気分を落ち着けるためにルピシアのロゼロワイヤルを淹れた。

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主人とともにいただいていると、熱帯魚店へ行きたいというので付き合うことにした。

美しい金魚に魅せられたので、これはいずれ俳句に詠みたいと思う。

今は気持ちが参っていて作句もなかなか難しい。

BOOTHでの頒布は基本的に一方向だから、またBOOTHに詩歌のフリーペーパーを作って載せたいという想いもあるけれど、これもまだ当分先になりそうだ。

以前琉金を詠んだ俳句のポストカードを作って載せたので、これに連なる形で作れればいいのだが。

booth.pm

とにかく希望の灯火を絶やさないようにしないと、到底生きていけそうにない。

 

読書にも力を入れていて、今年は年間200冊読むと決めている。

ここのところ読書ペースが著しく落ちてきてはいるのだが、昨夜茂木健一郎『孤独になると結果が出せる』を電子書籍で買って読みはじめた。

孤独になると結果が出せる

孤独になると結果が出せる

 

今の私の状態はまさに「孤立」といったところで、本書の説く「孤独」とはまったく性質を異にする。「孤独」の捉え方が曖昧で理想主義的すぎるのではないかと感じて、ハズレだったかなと思いながら読んでいるのだが、「人間は孤独を必要とする」「脳のデフォルトは孤独」という言葉に勇気づけられる。

 

それからDMMブックスのセールで買った『絶望名言2』も読み進めている。

NHKラジオ深夜便 絶望名言2

NHKラジオ深夜便 絶望名言2

 

中島敦はそれまでさほど興味がなかったのだが、読んでみると持病を持っている身として感じ入るところが多い。

ぜひ彼の著作をもっと読んでみたいと思う。

個人的には文学者の言葉に絞った第一巻の方が好みだなと思うのだけれど、こちらもこちらで見所が多いことに変わりはない。

友人が本のおすすめを聞きたがっていたので、勧めてみてもいいのかもしれない。

またいずれとも完読したら別途感想の記事を別ブログに書きたいと思う。

evie-11.hatenablog.com

 

それから主人がオンラインで飲むというので、気を紛らわせるために牧場物語をプレイしてひとり部屋に帰ってきた。

上に載せた茂木健一郎の本を読み終えて、絶望名言2のつづきを読みはじめた。

ベートーベンの数々の「絶望名言」を読んで何度も泣かずにはいられなかった。

できることなら私は、

運命と闘って勝ちたい。

だが、この世の中で、

自分が最もみじめな存在なのではないか、

と感じてしまうことが、

何度もある。

 

あきらめるしかないのだろうか。

あきらめとは、

なんて悲しい隠れ家だろう。

しかも、それだけが

今の私に残されている隠れ家なんだ。

友人の医師フランツ・ゲルハルト・ヴェーゲラーへの手紙 1801年6月29日

 

美しい夏の日々には勇気もわいて、励まされたが、

そんな勇気も今は消え去った。

ああ、神様、歓喜の一日を、私にお与えください。

心の底から喜ぶということが、

もうずっと私にはありません。

いつかまたそういう日が来るのでしょうか?

もう決してこない?

そんな! それはあまりにも残酷です。

ハイリゲンシュタットの遺書 1802年10月10日

実家暮らしだった頃は年に何回かクラシックコンサートへ行っていたから、ベートーベンの音楽に触れる機会もあったけれど、結婚してからはその機会も失われてしまった。

ましてや今はコロナ禍だ。

せめてapple musicで聴けるものはどんどん聴きたい。

これほどまでに言葉が切実さを帯びて私の心の中に深く響いてくるということは、ここのところ絶えてなかった。

やはり絶望に打ちひしがれた人々の声は、今の私に寄り添い、ひとりではないと励ましてくれる。

今はそれを心の杖として支えにしたい。

おそらく今夜も眠れないと思うけれど、それでもなんとか耐えねばならない。

夜は長い。明けない夜はないというけれど、まだまだ夜は明けそうにない。

2021.04.16 PTSDという診断と人間不信からの脱出の一歩

6結局深夜3時まで眠れず、13時半ごろ起床。

実はここのところ複数のネトスト被害によって過去のトラウマ体験のことが頭をよぎり、何も手につかない状況に陥っている。

ひとまず昨夜のうちにこちらのハートネットで調べた窓口にコンタクトを取り、関連書籍も何冊か注文した。

www.nhk.or.jp

 

午後に病院の電話受診を控えていて、また医師の言葉に傷つけられるのではないかという想いが頭から離れず、しばらく動けずにいたのだけれど、なんとかアメリカ風プレートを作った。

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食欲はないが、それでも何とか食べなければ生きていけない。

味もよくわからないまま飲みこんで、電話受診をした。

 

医師にPTSDと診断された。

ネトストが要因でPTSDの症状が再燃していることと、ネットを見ない方が良いということ、それから家事をして身体を動かすべきことなどを伝えられた。

ネットを見ない方がいいということは分かっているのだけれど、それでもこの場がなければ到底生きていけない。

せめてブログだけは死守したい。

Twitterインタラクティブなやりとりがとても苦痛になってしまっているので、何度か復活させているものの、ふたたびアカウントを削除した。

すみっコ農園はふたたび非公開に設定した。

移行先のSNSは、サービスの性質上、発端となったSNSに近いし、見ていると不安に駆られるので、そのうち非公開にするかもしれない。クローズドな読書管理アプリがないか探すというのもひとつの手だろう。

検索してみるといろいろと出てくるので、さらなる移行を考えたい。

ブログは一方向の情報発信で済むし、その分気が楽だ。

 

それから医師のアドバイスに則って、家事をして彼杵茶とたいやきでお茶をした。

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 夜になり、昨夜コンタクトを取った相談窓口から返信が来た。

詳しい内容は伏せるが、同調的に寄り添ってもらえる内容のメッセージで、それだけでずいぶんと気持ちが楽になった。

 夕方に再読したこちらの本も気持ちを軽くするのに役立ってくれた。 

 

医師にPTSDと診断されたので再読。
たしかに改めて読んでみると当てはまるところが多かった。
私の場合はとあることをきっかけに過去のトラウマ体験が再燃していて、極度の人間不信に陥っている。
しかしそれはPTSDの特有の症状であって、自分を責めすぎる必要はないのだということが分かっただけでも良かった。
周囲の理解を求めることは難しいけれど、アドバイスはいくつかもらっているので、それらを実践しつつ、自分のケアに努めたい。

 やはり病院だけではどうしても限界があるし、そういう時に複数の相談窓口を利用したり、本を読んだりすることは大きな助けとなるなと実感した。

 

とにかく今は生き延びなければならない。

どんなにつらくても、頼れるものには頼りながらでも、なんとか生きねばならない。

 

人間不信が解消したわけではないし、傷が癒えるにはまだまだ時間がかかりそうだが、それでも自分自身の力で少しずつ状況を打破しつつあることは、少しは評価してもいいのかもしれない。

これまで孤独な戦いを強いられてきたが、それは各相談窓口でも受け止めてもらえた。

今後もひとりきりの戦いはつづくけれど、それでも下心のない善意を持って助けてくれる人もいるのだということは頭に置いておきたい。

 

それから主人が帰宅して飲みメニューで私はノンアルのカシスオレンジをいただいた。

ひとしきり歓談したあと、ゾンビランドサガ2期2話を観て、サキちゃんがラジオで居場所を与えてもらったというエピソードに感じ入るものがたくさんあった。

そしてサキちゃんが泣くところでもらい泣きしてしまった。

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観ていて元気が出るアニメの存在は、それだけでありがたい。

それからルピシアのキャラメレでお茶をしながら、主人とフランシュシュの曲を聴いた。

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1期のあとのライブを観戦したので、2期の曲も早くライブで聴きたい。

 

それから少しだけSNSの話をした。

移行先のSNSTwitterも今はやめて正解だということと、「ブログは雨伽さんの生きる糧になっているからつづけた方が良い」と理解してもらえて良かったと思う。

この人間不信がPTSDの症状のひとつだということも分かったので、依然として付き合っていかねばならないとは思うのだが、それでもようやく人の理解を得られたことにひとまずほっとした。

人に理解してもらえる形で言葉を紡ぐことが大切なのだということも、今回の経験を経て身にしみて分かったことだった。

つらいトラウマ体験のすべてを詳細に語る必要はないし、そこを分かってもらおうとすると双方が苦しくなってしまう。

「性的なトラウマ体験」と大きくひっくるめて伝えても、相手には届くし、その方が私自身もそこまで負担にならない。

やはり言葉をいかに扱い、相手に届けるかということが大事なのだということを改めて実感した。

実際にさまざまな言葉で傷ついてきたから、人間不信に陥っても仕方がないということを複数の相談先で云われたし、そこは自己批判する必要はないのかもしれないけれど、やはりどこかで言葉を用いて相手に気持ちを伝える必要性というのはどうしても生じてくる。

その際に自分も相手にとっても受け取りやすいボールを投げるということは、相手のためでもあるとともに、自分の身を守ることでもあるのだと感じた。

 

主人とこうして時間を過ごしているうちに、心が軽くなるのを感じるとともに、主人にはずっとこうして幸せでいてほしいと願う。

私の世界の暗い部分は主人には少しも味わっていてほしくないし、たとえふたりの世界が完全には交わらないのだとしても、それでも主人には笑っていてほしいと思う。

苦しい想いをするのは私ひとりで十分だし、主人をこの暗闇に引きずり込みたいとはまったく思わない。それでも一緒に暮らしている以上、少なからず負担をかけてしまうのだけれど。

そこで連休は主人の好きなアクアリウムショップへ行くことを提案して、そのどこかでスーパー銭湯に主人ひとりで行くことを勧めた。

私自身は魚は飼っていないけれど、以前主人が連れて行ってくれたアクアリウムショップでとても癒されたのを思い出したのだ。

また主人はリモートワークがつづいて身体を動かす機会が減っているためか、肩が凝っている様子だったのと、私が平時家にいて、ひとりの時間をなかなか持てないので、スーパー銭湯でひとりの時間をたっぷり堪能してほしいと思う。

主人は自由人な気質なので、終始人と一緒にいるのがとてもストレスに感じてしまうタイプだということも重々承知している。

そういう主人に何の気兼ねも持たなくていいように、時間を気にせずゆっくりと羽を伸ばしてきてほしい。

浴場でクラスターが出たという話は今のところ聞かないから、おそらく大丈夫だろう。

主人も「提案してくれてありがとう」と喜んでくれた。

私にはこんなことしかできないけれど、せめてもの心づくしだと思いたい。

2021.04.15 少しだけ前を向いた日

昨夜からネトストに誘発された過去の性的なトラウマ体験の数々のフラッシュバックが止まず、とてもつらい一日だった。

朝から何も手につかなくて、ひとまずルピシアの試供品のほうじ茶を淹れたものの、テレビをつけても内容がまったく頭に入ってこない。

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致し方ないのでいつもお世話になっている東京都主宰のLINE相談で相談したところ、話は同調しながら聞いてもらえたのだが、根本的な解決には至らなかった。

友人に相談してみてはというのだけれど、性的なトラウマ体験を話せる友人なんていないし、主人には気にするなと云われてそれでおしまいになってしまう。

気にしないで済むのならとっくにそうしている。

結局私がBANANA FISHのアッシュ・リンクスに強く惹かれるのも、彼が性的に搾取されてきた人間だからで、そこに少なからずシンパシーを感じているのだろう。

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誇りを持つということが著しく難しくなっている今、よりどころとなるのは彼しかいない。そのどうしようもない侘しさを感じながら一日を過ごした。

BANANA FISHの原作も読まねばと思いつつ踏み切れずにいるのは、今そうした状況にあるからで、もう少し立ち直らなければ到底読めないだろうと思う。

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あるいは自分と同じ悲しみを見出すことで、少しでも傷が癒えればいいのだが。

相談員に「あなたはずっとひとりで耐えてきた。人間不信になるのも無理はない」という趣旨のことを云われたけれど、結局のところその人間不信も未だ解消する手だては見つかっていない。

本来カウンセリングを受けるべきところを受けられないのだから、自力で這い上がる他ないのだろうけれど、今はその気力もない。度重なる人間関係のトラブルで心はすっかり痛めつけられている。

何を信じて良いのか分からないというより、もはや何も信じられない。

人間の悪意も善意も、男も女もすべて信じられないし、無遠慮で身勝手な善意を向けられるよりも、いっそ悪意を向けられた方がマシだとすら思う。

 

何も動けていないけれど著しく消耗したので、夕方に仮眠を取った。

少しは気持ちが楽になるかと思ったのだが、相変わらず低調だ。

まっとうな人並みの幸せがあまりにも遠い。どうして生きているんだろうと思わずにはいられない。それでも生きるしかないのだけれど。

寝起きにぼんやりと図書館について想いを馳せた。

どんなに疲弊していても、どんなに病が篤くても図書館だけは私を拒まない。

幼少期は家に本を置けない家庭にいたから、週末になると図書館に連れて行ってもらうのが唯一の楽しみだった。

図書館の中では自由でいられたし、どんな本でも借りられた。

10冊の貸出制限いっぱいに本を借りて、二週間で読み切って返却し、また10冊借りるということを繰り返していた。

あの頃通っていた地方の図書館は、東京の小さな図書館主義とは違って、かなり大きなものだった。さまざまな単行本が所狭しと並ぶさまは、家の中で抑圧されていた私の心を解き放った。

学校の図書室にも毎日通って、毎日一冊ずつ本を借りてその日のうちに読み終えて、次の本を借りていた。それぐらい読書漬けの日々を送っていると、孤独もさして感じることなく、ただひたすら幸せでいられた。

 

幼少期のことを思い出すと、どうしてこんな大人になってしまったんだろうと思う。

10代の私が今の私を見たら、さぞかしがっかりすることだろう。

持病で作家にもなれず、小説を書くことすらできず、本を読みブログを書くのが関の山で、ひどく侮蔑するに違いない。

20代の頃はそれでも病を云い訳にすることなく自分なりに必死にがんばったし、それなりの成果も出せたけれど、30代になってその対価を支払うことになったのだろう。いずれ必然的にやってくる終わりだったのかもしれない。

それをたまらなく虚しく思う。自分にとって価値のあるものをいくつも失いつづけてここまで来てしまった。

そうして失ってでも人は生きていかねばならないのだ。私ひとりの命がどうなろうと知ったことではないが、せめて主人にはつらい思いをさせたくない。

 

それから主人が帰ってきて夕食を作ってくれて一緒にいただいた。

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あまりにも参った一日で、オキシトシンが欲しかったので「アニメを観るよりも話したい」と云うと快く応じてくれて、さまざまな話をした。

主人がとある話から「絶対に分かり合えないと嫌だというと、途端につらくなるから、どこかで分かり合えると信じて、結局分かり合えないかもしれないけれど、それでも分かり合おうとすることが大事だよ」と云う。

それが今の私をあまりにも的確に捉えていて、返す言葉もなかった。

結局物語もその理解の相克から生まれてくるのだし、それによって人の心の傷を修復する役目を担っている。BANANA FISHもまたそういう物語だった。

そして私ももう少し人間を信じてみてもいいのかもしれないと思う。

どうしても参っていると不信に傾いてしまうのだけれど、そういう言葉をかけてくれた主人がそばにいてくれて本当に良かったと思う。

 

ちょうど夕方頃にLINEを送った友人からも返事をもらった。

トラウマ専門の精神科もあるから探してみるといいということや、地域の精神福祉の部署に行って相談窓口を教えてもらうといいとアドバイスしてくれた。

また直接会いましょうと云われて、カサンドラ状態にあった彼女との付き合い方に留意しながら、それでも付き合いをつづけていきたいと思い直した。

それだけでも進歩があったと思いたい。

お互いに発達障害を抱えている上、彼女の特性上、情緒的な交流がなかなかできない部分はあるけれど、できれば今度はそこに深入りしすぎることなく、おすすめの本のやりとりなど、彼女にとっても受け取りやすい形で交流ができるといいなと思う。

少しだけ前を向いた一日になった。

友人関係では今後も迷うこともあるだろうけれど、ある程度付き合い方を限定した方がお互い上手くいくということは、他の人ともまったく同様なので、あまり求めすぎずに付き合っていきたい。

寂しさを埋めるためではなく、より建設的に前を見据えた付き合いができればいいなと思う。

 

それから主人がお茶を淹れてほしいというので、ルピシアのキャラメレをいただいて解散した。

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今日はすっかり参ってしまっていて読書ができていない。

この後少しでも本を読めればと思っている。

 

2021.04.14 今後の目標と器とアニメと

昨日はようやく早めに眠れたのだけれど、12時間も眠ってしまった。

過眠は医師はまともに取り合ってくれないので、まあ致し方ないかと思う。

主人は今日もリモートワークで、私も家事に励まねばとようやく思えた。

 

昼頃に起きてコーヒーを淹れて、主人といただいた。

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それから家事をいくつか片づけた。

ここのところほとんど家事ができていなかったこともあってだいぶ溜まっているものもあったけれど、少しでも解消できてほっとしている。

明日もがんばらねば。

家事のモチベーションを上げるためにも暮らしの本を読みたい。

ここ二年ほどブログをチェックしている美濃羽まゆみさんの新刊も気になっている。 

 

 

 またリアル書店にも立ち寄って暮らしの書籍の棚をじっくり観る機会を設けたい。

ここのところ消耗していることが多くて、なかなか外に出られずにいるけれど、昨日一昨日と出かけられたから、ある程度不調でも外に出る習慣をつけたいものだ。

リアル書店や図書館など、実際に本と触れ合う機会は心を豊かにしてくれるから、できるだけそういうシチュエーションを自分から作りたい。

 

図書館についてはまとまった形でエッセイ集を作りたいという想いが頭をもたげてきた。

まだ構想の段階だし、すでに構想している本が二三冊あるので、それらと同時並行か、遅れる形になるかもしれないが、案外村上春樹が職業としての小説家で書いているように、マテリアルが軽いものの方があっさり書けるのかもしれない。

今は文章を書くことが私自身を下支えしているので、そういう目標はいくつあっても良い。

実際に以前住んでいた地域の図書館にまつわるエッセイは二本ほど書いたけども、今住んでいる地域についてはまだ書けていない。

 

kakuyomu.jp

kakuyomu.jp

 BANANA FISHに寄せた話も書きたいし、過去のブログに載せた図書館にまつわる話もあるので、それらをひとつにまとめれば同人誌として出せるかもしれない。

もっとも資金や販路等の問題は厳然としてあるので、KDPになってしまうかもしれないが。

KDPについてはある程度ノウハウがあって、すでに二冊の散文詩集を頒布している状態なので、併せてご覧いただけるとありがたい。

挽歌-elegy-

挽歌-elegy-

 
真珠姫の恋

真珠姫の恋

 

 

それから何本か別アカウントのブログ記事を書いて、大判焼きと玄米茶で主人とお茶をした。

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そこからやや調子を崩して、軽い発作も出た。

難治性の持病の発作とは長く付き合っていかねばならないので、今後ともこうした不調に見舞われるのは致し方ないのだけれど、やはりどうしても友人のことが気にかかってしまう。

私の付き合い方が悪かっただけなのではないかと自責の念に駆られたり、カサンドラということがわかったのだから、付き合い方を改めればいいのではないかとも思うのだけれど、今は極度に心のエネルギーが低下しているから、LINE相談窓口で云われたように人間関係は休むのが正解なのだろう。

 

とにかく今は人の善意も信じられないし、主人以外に信じられるのは十年来付き合いのある友人と、二十年来の付き合いになる親友だけだ。

彼らとはそう頻繁に連絡を取るわけではないけれど、だからこそこうして関係が続いているのだろうとも思う。

病気のことは一切話さないし、「親しき中にも礼儀あり」を徹底しているからこそこうして関係を構築しつづけていられる。

そこを自分自身が越えようとしたり、あるいは相手が踏み越えてきたとき、関係は破綻へ向かってしまうのだろうということが今は痛いほどわかる。

できるだけリーチは長く保っておきたい。 

 

この本にあった「恐れ・回避型」という言葉を身にしみて感じるけれど、実際のところ今の私の交際スタイルはそれでいいのだと思う。

無理に距離を縮める必要はないし、無理に人付き合いを求める必要もない。

そう思うといくらか気持ちも楽になる気がする。 

 

それからグレートプリテンダー3・4話を観ながらキャラメレでお茶をした。

茶器は久しぶりのノリタケのシェールブラン。 

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磁器のティーセットはあまりゴテゴテしたものよりも、これぐらいさりげない上品なエデザインの方が使いやすいなと感じる。

身分不相応なものだと気後れしてしまってなかなか使えないし、このシェールブランの出番もそう多くはないのだが、久しぶりに使ってみても穏やかな気持ちで使える。

一時期はロイヤルコペンハーゲンを考えていた時期もあったのだけれど、それはもう少し先でもいいのかなと思っている。 

 

 

 

 

 

  

 

 

一時期はナルミのミラノシリーズもいいなと思っていたのだけれど、我が家に合うのはもう少しシンプルなデザインな気がする。

 

ロイヤルコペンハーゲンは私が学生時代によく通った椿屋珈琲店でも用いられていたということもあり、愛着もあるので、いずれぜひお迎えしたい。

 

グレートプリテンダーはエダマメの境遇が丁寧に掘り下げられているところが良い。

一見して明るく晴れやかな雰囲気なのだけれど、彼自身の生い立ちは決して明るくはない。父親と同じ、非合法な場所で生きていくことを決意した背景には何があったのか、今からの見せ場になるのだろう。

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ほんのりBLっぽい描写が入るのはサービスといったところだろうか。

腐耐性があるとはいえ、主人と観ているので少々ハラハラしてしまう。BANANA FISHもふたりで観て完走できたので今さらという感はあるけれど。

作中の登場人物達もBANANA FISHと社会的な階層が重なる部分もあるし、おそらく少なからず影響関係はあるのだろうなと感じた。

アメリカという舞台で非合法な側面を描こうとすると、どうしてもキャラクターの職業等々が似通ってしまうものなのかもしれないが。

BANANA FISHとは違って終始破天荒で明るいストーリーなので、そこまで感情移入しすぎてつらいということはないのだけれど、それだけにエダマメの背負った宿命が光る作品だと思う。

 

字数が3000字を超過したのでこの辺りにしておきたい。

いつもよりはいくらか明るい日記になってひとまずほっとしている。

今は底の底に沈んでいたい気分だけれど、それでもやはり前は見据えていたい。

2021.04.13 図書館とカサンドラ症候群からの脱却と

結局夜眠れずに3時頃まで起きていた。

昼頃起きて、主人が買ってきてくれたブランチを摂って、それから図書館に出かけた。

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もともと句集と歌集のみ借りるつもりだったのだけれど、久しぶりにゆっくりと館内を観て回って、気になった『宮沢賢治イーハトヴ自然館』と澁澤龍彦『快楽図書館』も借りた。

仏教美術にまつわるエッセイ集も借りたかったのだけれど、さすがに読み切れないのであきらめて、図書館をあとにした。

ここのところ図書館通いを再開したいと思っていてもなかなか行けずじまいになっていたので、ひとまず足を運べて良かったと思う。

主人に気分転換に運動をしたらと云われていたし、医師からも外に出かけるようにと云われているので、できるだけ図書館を利用するようにしたい。

 

それから母から電話がかかってきて、ひとしきり話した。

毒親である彼女と話したいことなんてなかったので、こちらからは極力話さず、愚痴やら自慢やらを散々聞かされた。

日本が貧しくなったという実感も彼女たちには微塵もあるまい。おそらくそういうことを肌身に感じずに済む最後の世代が60代前後の年齢層なのだろうと思う。

ずいぶんと浪費しているという話を聞かされて、到底同じ国に暮らしていると思えなかった。

持病で働けない私にしてみれば、お金を湯水のように使って、その代わりに働き詰めの生活なんてまったく考えられない。

Net Flixでアニメを観て、本を読んでいればある程度充足できる暮らしをしているので、慎ましやかなものだと思う。

母と話すとげんなりしてしまうので、そのあと家事をしていくらかでも気を紛らわせようとした。

 

家事を終えてジャスミンティーとチョコレートでお茶をして、リモートワーク中の主人にも差し入れをした。

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ここのところ負担をかけてしまってばかりいるので、もっとしっかりせねばと思う。

せめてもう少し精神的に安定できればいいのだけれど、発達障害の友人とカサンドラ状態になってしまったことの余波や、ネトストなどでだいぶダメージを受けてしまい、まだ立ち直るには時間がかかりそうだ。

それから『カサンドラ症候群』を読み終えた。

 

結局のところ私は不安型で、友人は完全にアスペルガー型だったのだと思う。

情緒的な交流ができなかったことを未だにつらく思っているけれど、今は距離を置いて正解なのだと改めて感じた。

またカサンドラの特徴として実家を頼れないことが挙げられているけれど、私はまさしくそのタイプで、毒親である母が主導権を握っている実家をどうしても頼れない。

私のここのところ強まっていた孤独感の一因もここに起因するし、私自身少なからず愛着障害を持っているのだと思う。

それを克服することはなかなか難しいけれど、相手にばかり求めたところでしょうがないということも、この本を読んでわかった。

情緒的な交流は無理だと割り切ってそれでも付き合うのか、それとも離れるのか。

今の私の心は後者に傾いている。

カサンドラという名目がこの関係についたことで、ようやく気持ちの整理がつきはじめてきた。

これまでは医師からも主人からも理解されずに苦しんでいたけれど、この本だけが今の私の気持ちを分かってくれると今は思える。

LINEの相談窓口でも、今は人付き合いを休んだ方が良いと云われているので、ひとまずブログの執筆だけが人とつながる唯一のよりどころだと思って更新に励みたい。

 

それから主人が出かけるというので見送った。

彼にとっては切実な息抜きの機会だと分かっているから、気持ちよく送り出せて良かったと思う。

とにかく共依存状態だけは避けねばならないので、できるだけこうして距離を保って主人と接することを心がけないと共倒れになってしまうかもしれない。

不安は尽きないけれど、それでも主人だけはせめて健やかであってほしいと心から思う。

少し前に、GWの予定を主人が持ちかけたのを、私はコロナの不安が強くて断ってしまった。

そのことを実母に責められたこともあって、夕食の席でふたたび議題に載せたのだけれど「お母さんに云われたんでしょう」と云われてしまって、それきり立ち消えとなった。

コロナに関しては私は極力外出を控えたいので、どうしても意識の齟齬が生まれてしまう。

一年が経って、変異ウイルスが猛威を振るいはじめたにも関わらず、危機意識が薄らいできている今だからこそ警戒心を持っておかねばと思うのだが、それを主人に押しつけるのも申し訳なく思っている。

だからせめて主人がひとりで出かけるという時には前向きな気持ちで送り出したい。

今の私にはそういうことしかできない。

2021.04.12 失意と祈り

複数の人たちからネトストの被害を受けて、読書メーターを退会した。

移行先についてはここでは明かさない。

ブログの運営も危ぶまれて、一時的に非公開設定にしたりもしたけれど、主人からブログは雨伽さんにとって大事な場所だから、ネトストはあまり気にしないでつづけるといいと云われた。

実際にここは私にとってはかけがえのない居場所になっているし、社会参加も兼ねているから、せめてブログだけはつづけたい。

 

それでも人間不信に拍車がかかって、徹夜もしたし、昼間は何も手につかなかった。

精神的な自分の大切な領域を侵されてしまった気分で、本当にやりきれない気持ちになってしまった。

せめてもと、昼過ぎに起きて大判焼きルピシアの深蒸し煎茶でお茶をした。

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それからしばらくは不安な気持ちでいっぱいだった。

Twitterを鍵つきで再開しようとしたら、またもやあまり交流のない別の人に絡まれて、本当に今はただただ人が怖い。

決して悪意はないのかもしれないけれど、人間の善意というものは本当に当てにならないということをつくづく実感する。

自分にそういう隙があるからだろうかと考えてしまい、またもや人を誑かしているように思われて、自責感も否応もなく高まってしまった。

PrayerXを聴きながら、ぼんやりとアッシュのことを思った。

music.apple.com

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彼もさまざまな体験の中でどんなに耐えがたい想いをしてきたことだろう。それでも立ち直らなければ生きていけなかった彼の人生の過酷さを思うと、いくらかでも心が通じ合う気がして、少しばかり心をなぐさめられる。

 

結局Twitterはふたたびアカウント削除手続きをした。

どうしてもあそこには私の過去が詰まっているし、そこから新天地を求めてブログへ移行したので、やはり戻るに戻れなかった。

どんな人がフォロワーであっても、あの場所は相互監視状態であることに変わりはないので、戻ったとたんに疲れてしまったということもある。

それでもやはりやりきれない想いが強くなってしまい、家にいると無限に考えこんでしまいそうだったので、主人に連絡をして居酒屋へ行くことに。

 

9時までの営業で客はほとんどおらず、ほぼ貸し切り状態で主人と飲んだ。

私もアルコールで気を紛らわせたかったのだけれど、あいにくとここまで調子を崩しているときに飲むのはよろしくないので、ノンアルをいただいた。

私の口が重いのを見かねた主人が懇ろな言葉をかけてくれて、ようやく気持ちが楽になった。

それから書店に寄ってマシュー・バトルズ『図書館の興亡』が平積みされているのが目に入り、ふたたび図書館通いを再開させたいので買うことにした。

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ここのところ精神的に参ることが多すぎて、なかなか外出する機会がないので、こうして主人と書店に立ち寄れる機会はとても貴重なものとなっている。

医師からは外に出るようにと云われているけれど、マスクをつけて外出することを余儀なくされていて、どうしても過呼吸が出てしまう。

ひとりで歩いているとだんだん苦しくなってくるので、こうして一緒に人と歩く方がいくらか気が楽なのだ。

とはいえ図書館には本を予約しているから、今週中に受け取りに行かねばならない。

 

酔って上機嫌な主人がアーモンドチョコを買ってお茶をしながらアニメを観たいというので、帰宅してルピシアダージリン1stフラッシュを淹れて、グレートプリテンダー1・2話を観た。

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ローラン役の諏訪部さんの声がとてもセクシーだなと思う。

終始明るい雰囲気のアニメで、同じくアメリカを舞台にしながらもBANANA FISHとはまったく作風が違うので、今のメンタルの状態で観ていてもさほど負担にならずに済む。

アメコミ風の背景の作画も素晴らしいし、終始明るい雰囲気のアニメは観ていて朗らかな気持ちになる。

こうして夜にお茶をしてアニメを観る時間だけが私の心の安らぎになっているのかもしれない。

 

昨日書いた友人のことを含めて、まだ心の傷はそう簡単には癒えそうにないけれど、それでも今はBANANA FISH感想本とエッセイ集を作ることだけを希望として生きている。

evie-11.hatenablog.com

そのささやかな夢だけは潰えることのないように心から祈っている。

どんなに弱っているときでも、夢が私をここまで生かしてきたから、新たな夢を達成することだけを心に描いていたい。