ANIRON

ひとりごと日記

2021.03.20 語り得ないものとアニメと

休日でも体調は相変わらず低調だった。いかんせんこの時期はどうしようもない。

以前医師に低血圧だと診断されていたので、それが原因かもしれないと思い、冷水で洗顔をしたら、少しばかり気分も良くなった。

 

昼ごろにルピシアのサクラを淹れて、ホワイトデーに贈ってもらったメリーチョコレートとともにいただいた。

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それからしばらく主人は本を読み、私は牧場物語をプレイしていたのだけれど、その様子はまた後日こちらのブログにまとめたい。

snowrabbit21.hatenablog.jp

 

それからふたたび調子を崩し、薬は飲んだし、気休め程度にお白湯を作って飲んだのだけれど、それでも体調は上向かない。

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仕方ないので横になって休んでいると、地震がきて、やむなく起きた。

東日本大震災から10年が経つというのに、被災地の方々のご心労はいかばかりかと思うと気が重くなる。

私は当時被災せずに長崎に帰省していたので、何も語るべき言葉を持たない。

ただひたすら黙って10年が過ぎた。

この間さまざまな言動が巷にあふれたけれど、いずれも無責任だとしか思えなくて、到底同調する気になれなかった。

ひとりの故郷を愛する人間として、故郷を離れざるを得なくなった人々の苦しみは想像に有り余るし、それを他人が肩代わりして語ることや、震災直後にこれから日本が変わるとか絆だとか、震災文学だとか、震災に影響を受けて作られたフィクションだとか、美談や、当事者の痛みを勝手に肩代わりするものとして震災を語ろうとする動きが強かったのを、著しい違和感と不快感を感じて過ごしたことを覚えている。

だから、私には語るべき言葉がないし、ただ語らないことでしかあの震災と向き合うことができなかった。

それがせめてもの自分にとっての誠実な態度だと思っていたからだ。

だからやはり私はこれ以上語る言葉を持たない。ただ少しでも思いを馳せて、心の中に理不尽にも故郷を離れざるを得なかった人々がいるのだということをとどめておくことしか私にはできない。

 

それはコロナにしても同じことで、コロナの場合は私自身も当事者ではあるけれど、やはり語れることは少ない。さも分かったような態度でフィクションに投影したり、そうして当事者の痛みやセンシティブな心性を直視しないまま、時流に乗って作品を量産しようとする態度は暴力的だし、本当に嫌気が差す。

語れないものを語ることはできないし、私はコロナについても多くの言葉を費やすことはどうしても難しい。フィクションの作品を作るにしてもコロナのことも、震災のことも、一切書くつもりはないし、詩歌に詠みこむつもりもない。

それがせめてもの私のこの世の中に対する義理なのだと思っている。

史学科で恩師にそうした他者表象の暴力性について叩き込まれたということも大きいのだけれど、恩師のそうした徹底した姿勢が未だに私の心の礎として機能していることは、ものを書く人間として何よりもありがたいことだと思う。

 

思いのほか長くなったので、最後は軽めにまとめたい。

主人が夕食を作ってくれて、私もオニオンコンソメスープを作った。

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主人の作ってくれたほうれん草のバターソテーがまた美味で、ローズマリーを添えたチキンステーキと良く合って、休日にふさわしい夕食になった。

 

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それからルピシアダージリン1stフラッシュをいただきながらBANANA FISH4話・5話を観た。

主人と観ているのが少々気まずいのだけれど、主人はあまり嫌悪感を示すことなく観ていて、余計に気恥ずかしくなってしまう。

主人公ふたりよりも、マックス×アッシュのCPの方がずっと好きだなと思いながら鑑賞していた。

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過去の罪の意識を抱きながら接するふたりのギスギスした関係と、そこから少しずつ信頼が芽生えていくさまがまた良い。

シリアスなストーリー展開と相まって、ふたりでお酒を飲むシーンがまた渋くて痺れてしまった。

乱暴な振る舞いでしか愛を知らない「山猫」のアッシュが少しずつ心を開いていくさまが関係性として美しい。
一目惚れの無傷の関係よりも、傷をなすり付け合って傷つきながら心を通わせていく関係の方が私は惹かれるし、関係性としてはそちらの方が成熟していると感じる。

といってもリアルではなかなかそううまくいかないのだけれど。

結局のところフィクションで自分の心の傷を癒していくのかもしれないと思わずにはいられなかった良い回だった。