ANIRON

ひとりごと日記

2021.03.30 生存報告とBANANA FISHの感想をまとめたいという話

13:30ごろ起床した。

過眠傾向が強まっていて、どうにも消耗が激しいらしい。

悪夢を見て何度か目が覚めたのだけれども、ここ最近気に引っかかっていることで、露骨に嫌な夢だったことをぼんやり覚えている。心が疲れきっていて読書をするにも捗らず、創作もなかなかできなくてさらに焦燥感に駆られる。

どう足掻いても今はしょうがないとあきらめる他ないのかもしれない。

創作もやりたいことがないわけではないのだけれど、いかんせん憔悴していて俳句を細々と詠むのが精一杯になってしまっている。

やはり石田波郷『惜命』は買わねばなるまい。

 図書館に行ければいいのだが、ここのところ外出すると、その後一日は使い物にならない日がつづいていて、結局昨日も日曜日の外出のダメージが響いたので、慎重にならざるを得ない。もどかしい。

医師からは散歩を勧められたけれど、なかなか困難だ。

とはいえ今日は睡眠で休養を取れたおかげか、いくらか調子が良かった。

やはりしばらくは休息第一で過ごしたい。医師の考えとは逆行するけれど、正直一日に何度も死が頭をよぎるほど参っているので、休むことを最優先にしなければ到底生きていけない。

誰かが逐一「休んで良い」と云ってくれるわけではないから、自分で状況を見ながら休むか動くかの判断をせねばなるまい。

うつは病歴3年目、メンタルの持病自体はトータルで12年選手だから、その辺りの判断は医師よりもむしろ自分自身の方が勝手が分かる。

誰かが救ってくれるわけではないという孤独感は否応もなく強まるけれど、それでも生きていくしかないのだろう。

 

起きてぼんやりしていると、リモートワークで昼休みにさしかかった主人が部屋から出てきて、昼食を買いに行くと云う。

「私の分もお願い」と頼むと、「雨伽さんの好きなものを買ってきてあげるよ」と足取りも軽やかに出かけていった。BANANA FISH18話の英二くんかな。

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そうしてやってきたのがネギトロ巻きとツナマヨのおにぎりだった。

魚介が好きな身としてこれ以上うれしいことはないのでありがたくいただいて、玄米茶を淹れた。

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しばらく最近話題になっている映画を倍速で観る云々の話に興じたあと、「映画を倍速で観るのも、映画やドラマを観ながらスマホをいじるのも、いずれ文化資本の差異になりかねないよね」と云うと、「たしかに親が映画を倍速で観たりスマホをいじっていると、子どももそうなるかもね」と同意された。

文化が変容していくことはもはや不可逆的なことだけれども、我が家は基本的に映画やアニメを観るときにはただ集中して観る。映画の場合は電気を消すことも多い。

それが作品へのリスペクトを払うことになると私は思っているから、アニメを観ながらお茶をしたり食事をすることはあっても、基本的に話すことはない。

それが作品を享受する人間の最低限の礼儀だと考えている。

 

それから主人が仕事に戻ったので、私も怠けてばかりはいられないと、溜まっていた家事を片づけた。

どうにもコンスタントに家事をこなすだけの気力が乏しいのだが、それでも複数の家事を片づけるとやはり充足感が得られる。

皿洗いをしながらさまざまなフラッシュバックに見舞われ、うんざりしながら洗濯をし、リビングを片づけるという有様ではあったが、なんとか耐えた。

身体を動かせば何も考えずに済むという医師の考えにはいくらか私自身としては懐疑的で、「動中の工夫は静中に勝ること百千億倍す」と禅の教えにもある。

実際のところ手を動かしているとさまざまな負の記憶がよみがえり、それをふるい落とすためにさらに手を動かす他ないというのが凡人の定めで、禅僧のように高邁な領域には到達しがたい。 

 

そもそも在家の素人が真似できるものではないのだけれど、それでも禅の思想には何かと学ぶところが多い。

今日、本棚を漁っていたら、なくなったと思っていた鈴木大拙『禅とは何か』がようやく出てきたので、こちらも併せて読みたい。

 

ここのところ集中して読書することが叶わない状況が続いていて、非常に心苦しいのだが、このような精神状態では致し方ないのかもしれない。 

しかしだからこそ私は今切実に書物を求めているはずだ。

とにかく云い訳無用で読む他ない。 

 

それから主人の作ってくれた夕食をいただきながらBANANA FISH18・19話を観た。

どうにもこうにもつらい二話だった。

アッシュが色仕掛けをするのは、彼自身の心を損なうことに他ならないと思ってここ最近の話を追っていたけれど、案の定だった。

それにしてもこれからは魂を切り売りさせるというゴルツィネの言葉があまりにも重すぎた。

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過去のトラウマによって、アッシュの心はほぼ完全に殺されてしまっているのに、これ以上彼から奪おうというのだから、とにかく容赦がないし、身も心も壊されて、アッシュが拒食症に陥るのも無理はない。

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結局のところこのBANANA FISHという話は、毒親と、その機能不全の家庭に育った子どもの苦しみを克明に描きつづけているのだという確信は、ゴルツィネとアッシュが養子縁組をしたことでますますはっきりした。

それだけに観ていると毒親育ちとしてはメンタルを抉られるのだけれど、この様子ではハッピーエンドは待っていないだろうなと思う。

それでもどうかアッシュの手ずからの銃でゴルツィネの頭をぶち抜いてほしい。

たとえ相打ちになったとしても、この父親を殺さなければどうにも救われない。

そうして彼がようやく自由を手にした時、晴れてこの物語は完結するのだろうと思う。

それがバッドエンドであれハッピーエンドであれ、行きつく場所はもはやただひとつだ。

 

それから18話のブランカとアッシュ自身の言葉がなんとも象徴的だった。

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だがお前に初めて会ったときこの子はこの世界でしか生きられない子だと思った。だから生き延びるためのそのすべを教えてやろうと思った

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日本に行っても俺は何もできない。人の殺し方しか知らないからな

おそらくどんな形であれアッシュはこのアメリカのギャングという生き方でしか生を全うできないのだろうと思う。

それがアッシュという悲しい生きものの性だし、日本へ行ってしまえば途端に生きられなくなってしまうに違いない。

それはそれで別の人間として生まれ変わることを意味するだろうし、そういう展開にはどうにも進まない気がする。

野生動物が環境が変われば生きられなくなってしまうように、アッシュもまたそういう星の元に生まれついた山猫に他ならない。

彼に幸せであってほしいと思うけれども、同時にこの悲しみとともに生きていくしかないという想いも根強く抱いてしまう。

すべてをなかったことにはできないだろうし、

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真っ新に生まれ変わって

人生一から始めようが

へばりついて離れない

地続きの今を歩いているんだ

──King Gnu/白日

King Gnuが歌うように人間はそう簡単に生まれ変わることはできない。どうしようもない悲しみを抱きながら、自分のあるべき場所で生きていくしかない。

それは英二というキャラクターにはきっと担えない。

私はどうしても彼にまだ不信感を抱いてしまっていて、そう簡単に救える絶望なんてないと強く思ってしまう。

巷にあふれるセカイ系アニメならばそれが可能であるかもしれないけれど、あいにくとBANANA FISHはそうではない。

どこまでも地続きの悲しみを抱えながら、それでもKing Gnuのいうところの

どろん

どろん

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血走って噛み付いた 

味方は何処にいるんだ? 

今日だって 

傷を舐めあって

面の皮取り繕って

──King Gnu/どろん

生きる者の物語だと思っている。

だからこそこんなに惹かれてしまうのだし、そこでまったく別天地のような希望に満ちあふれたラストが待っているとはやはり思えない。そうでもなければここまで掘り下げてきたアッシュの悲しみをまったく否定することになってしまう。

そう考えてみるとゴルツィネと相打ちして終わるという線がもっとも妥当だろう。

 

またもや長くなってしまった。これを書くのに3400字を費やして、一時間強かかっているのだが、いかんせん今の私は日記を書くことだけが心のよりどころなので、ご容赦いただきたい。

BANANA FISHに関しては、ぜひ原作も読破して、感想をどこかにまとめたい。

日記の中にとどめておくと、あとで読み返すときに何かと不便だし、自分の思考ログとして形にしたいという想いがある。

カクヨムに評論カテゴリがあるので、そちらにまとめるか、あるいはもう少し夢を見て同人誌にするのか。いずれにせよそういう希望を持っていないと潰れそうだ。

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今日のお茶はルピシアのセイロン・ディンブラをミルクティーで。

ようやくダージリン1stフラッシュを注文したので、今から届くのが待ち遠しい。

ここのところ紅茶の趣味はノンフレーバーティー、それもストレートティーに変わりつつある。

紅茶について書くとまた長くなるので割愛する。

明日もまともに動けないかもしれないし、明るい話題を提供できそうにないけれど、それでも日々なんとか生きていきたい。