ふたたび絶望の淵に叩き落とされれて3時ごろ寝て12時半ごろ起きた。
参っているときほど夢はやさしくて、それがたまらなくつらい気持ちになる。
夢の中で生きていけたらいいのに。
ふと思い立って測ってみたら、体重はますます落ちていた。
落ちる分にはいいけれど、昨日46.5kgだったし、少しペースが早い。
食欲は相変わらず低調だ。
あまり進んで食べたいものがないので、先日楽天で馬刺を購入したのだが、それを今夜食べようと主人に提案された。
馬刺は主人の好物ということもあったし、ここのところ気がめいる日々がつづいているので、景気づけにちょうどいいのかもしれない。
主人は部屋で終日本を読むというので、昼食を食べないまま夕方ごろにひとりでお茶をした。
お茶はルピシアのユニオンジャックで、やはりひとりでいただくミルクティーは美味しい。主人はもっぱらストレートティーを好むので、こうしてひとりで楽しむのがささやかな喜びになっている。
音楽を聴き、お茶をする時間だけがひとりの時間の休息をもたらしてくれる。
もう少しひとりの時間をうまく活用できるようになりたいものだ。
ともすれば自分のネガティブな沼に引きずり込まれてしまう。
本も読んではいるのだけれど、ここのところの不調で必ず目が滑るようになってしまった。なんとも悩ましい。
しばらくテキストエディタにBANANA FISHの考察を書いているうちに、他者のために祈ることの尊さを改めて思い致した。
絶望の只中にいると、自分のためにはなかなか祈れない。神の救いの手が差し伸べられることを疑ってかかってしまう。
もともと私はカトリック系のミッションスクールには通っていたけれど、クリスチャンではないし、入信しようとして実家や主人に何度も止められているので、ただ時々思い出したように聖書を読んだりするだけなのだが、弱っているとそれでも救いを求めたくもなる。
とはいえ自分が救われるとは到底思えない中で、自分の内面を告白するのも気が重い。
こうして端々を端折りながらでも語ることにも疲れつつある。どのみち他者を完全に理解することなどできない。
それでもふと長年の友人を思って、彼もまた救いがたい孤独に囚われているということや、疎遠になってしまったかつての友人も救われがたい切実な想いを抱いていることに、やりきれない気持ちを抱いていたことを思い出した。
人のために祈ることは、少なくとも今の私にもできるのかもしれない。
おこがましいと云ってしまえばそうなのかもしれないし、他者を憐れむ資格が私にあるとは思えない。
他人の孤独を安易に推し量れるものではないことは、孤独の沼に沈んでいる私自身よく分かっている。
それでもどうか彼らが幸せであってほしいと願う。
癒しがたい傷が少しの間だけでも和らぐことをただ願う。
フランス製のアンティークのマリア像をふたたび飾って、少しの間彼らに想いを馳せた。
そしてこの孤独の中にあってなお、彼らとどこかでつながっていて、彼らがまぎれもない友人であったことに今さらのように気づいた。
こういう時には詩を書くに限る。というわけで拙い詩を書いた。
詩は祈りだと心から思っている。
そして私の創作の原点には祈りがあると主人に評されたこともあった。
その祈りをふたたび思い出したとき、はじめて私は孤独の大きく深い沼の中から、ほんの少し顔を出せたように思う。
そうして夜になり、主人がブックオフに行って、帰りに飲み会の食材を買わないかと誘ってくれたので、支度をして出かけた。
ブックオフにBANANA FISH全巻が並んでいたので迷わず購入した。
主人が鬼滅の刃を読破して、今すぐ語りたいと云うし、私もアニメ版BANANA FISHについてもう少し考えを深めたいので、この漫画版BANANA FISHはもう少し間を置いて読むことにする。
できればアナザーストーリーも欲しかったのだが、そちらはネットで買うことにしたい。
そうして帰宅して、買ってきた野菜を整えて、馬刺を食卓に並べて、私は水でいただいた。
しばらくは漫画の話などをしていたのだけれど、互いの関心事である「言葉」について話が及び、真剣勝負になった。
詳細は伏せるが、ある場面で主人に「雨伽さんは他人に理解されることを拒むよね」と云われて、思わず自嘲の笑い声を上げてしまった。
それはここのところ私がずっと考えていたことで、アッシジのフランチェスコの祈りに
フランチェスコの平和の祈り
主よ、わたしを平和の器とならせてください。
憎しみがあるところに愛を、
争いがあるところに赦しを、
分裂があるところに一致を、
疑いのあるところに信仰を、
誤りがあるところに真理を、
絶望があるところに希望を、
闇あるところに光を、
悲しみあるところに喜びを。ああ、主よ、慰められるよりも慰める者としてください。
理解されるよりも理解する者に、
愛されるよりも愛する者に。
それは、わたしたちが、自ら与えることによって受け、
許すことによって赦され、
自分のからだをささげて死ぬことによって
とこしえの命を得ることができるからです。
というものがある。
私は「理解されるよりも理解する者に」なることを望む以前に、「理解される」ことすら望んでいないのだということをここのところ強く感じていた。
これには母親からまったく私という人間に対して理解を示してもらえないまま育ってきて、幼い頃から自分の悲しみに同調してもらった試しがないことが起因している。
母は何かと説教ばかりで、自分の思い通りにことが運ばなければすぐに怒りを露わにする。
落ちこんでいても患者に上から目線でアドバイスさえすればいいという今の主治医とまったく同じ姿勢なのだが、私はそういう人に説教される星の下に生まれついたのかもしれない。
とにかくただ悲しみに同調してもらうということがこれまでの人生に欠落しすぎていて、自らをなぐさめるよりどころも持ち得なかった。
18歳からさまざまなカウンセリングを受けたけれど、周囲の大人に同調されたことは一度たりともない。
そしてひとたび私が他者の悲しみに対して同調に転じようとすると、たちまち共依存の沼に陥ってしまう。そういうことを何度も繰り返してきた。どうしようもない。
これ以上同じ過ちを犯したくはないし、他者に理解されることを拒むのは、それだけ私が癒えがたい傷を負っているということなのかもしれない。
もろもろ調べてみると、アダルトチルドレン(AC)の特徴のひとつに回避依存症があるらしい。
異性である主人とは共依存関係に陥ったことはないが、共依存から距離を置こうとするあまりに回避依存症に陥っているのかもしれない。
主人と距離を取ろうとする心の動きもそれで説明がつく。
主観的に捉えるならば、どちらかというと共依存に陥るよりは、そちらの方がまだマシだ。共依存のつらさはもう誰に対しても味わいたくはない。
しばらくは耐えがたい孤独感がつづくだろう。おそらくこの先もずっと。
昼間に主人に健康診断の冊子を見せられて、申し込むようにと云われて、この先何年も生きるのかと自嘲的な気持ちになった。
一夜を越えるのに、一日を終えるのに、毎日毎日苦しい思いをしているのに、あと何十年も生きていける気がしない。
とはいえ伴侶を失う悲しみたるや、想像を絶する苦痛だというし、主人をそういう目に遭わせたいとも思わない。
せっかく結婚したんだから、と云われて、現実味のない感覚になった。
私には主人の気持ちはやっぱり分からない。
それでも生きる理由を自分の中に見出せないのなら、主人を生きる理由の「ひとつ」にしてもいいのかもしれない。
依存に陥ることだけは避けなければならないが、それでも人のために生きると思えば、いくらかは生きられる気がする。
なんとか生きねばならない。
こうして自己分析をいくら加えても、結局軌道修正できない。
医師からはそれほどまでに冷静に分析できているのだから、大丈夫だと云われたことがあるけれど、自分の理性に頼んで自己分析をする他に生きるすべがなかっただけのことだ。
どんなに不調でも狂わない理性だけが12年の闘病生活の中で、私をここまで生かしてきた。私が最終的に信頼できるのは自分の理性を置いて他には何もない。
そしてこうして分析をしたところで、誰かが私を理解してくれるわけでも、私が理解を望んでいるわけでもない。
あくまでも自己分析の記録としてここにとどめておく。