ANIRON

ひとりごと日記

2021.04.05-06 絶望と救済と

 

2021.04.05 逃れがたい罪悪感

絶望の淵に叩き落されて明朝5時まで起きていたので、眠って起きたのは14時だった。

どうしようもない気持ちを引きずって昼食を摂った。

ここのところろくに炭水化物を摂っていなかったこともあって、食事を摂って少し気分が落ち着いた。

三食食べるのがどうしても億劫で、食べたいものはないし、毎日生きるのがやっとだ。

部屋に帰って日記を書き、ホットミルクを淹れる体力はかろうじて残されていたので飲んだ。

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それから、もう死んでもいいのだから、この際ふたたび傷つけられることになってもかまわないと思って病院に電話をした。

詳細は伏せるが、主治医によると相談内容は専門職のカウンセリングが必要なレベルらしい。

しかしあいにくと病院のカウンセリングは1回45分6000円なので、到底通えない。

とにかく状況が状況なので、時間が解決してくれるのを待ちましょうとさじを投げられた。

 

本当に話したいことはもっと別にあったのだけれど、ドクハラ発言によるトラウマを当の本人に打ち明ける元気も勇気も持ち合わせてはいないし、そちらもカウンセリングが必要な領域に達している話なのだろうなと思う。

致し方ないまま自分を責めさいなんでいると、kindle unlimitedでこちらの本を見かけて、読むことにした。

 

ここのところ強い罪悪感に苛まれていたのは、愛情の裏返しで、彼らへの愛情を抱いていたからなのだなということはわかったし、それで救われる部分もあった。

いかんせん私の嫌悪するスピリチュアルな色合いが濃かったので、アファメーションの実践は拒むし、エピソードもすべて目を通したわけではないけれど、こんな自分にもまだ愛情というものがあったのだと気づいて、少しだけ気が晴れた。

さらに私が抱いている罪悪感は、タイプ5の「自分は毒である、自分は穢れている」という意識で、意識レベルの深いところに根を張っているということもわかった。簡単に拭い去りがたいものらしい。

また主人を自ら遠ざけようとしていたのは、ひとつは以前にも書いた回避依存症によるものもあるのかもしれないけれど、直接的な原因はこの罪悪感にあったのだということも気づいた。

 

とはいえ私が過去に犯してきた過ちや、10代の頃からオンラインやオフラインで人を意識的・無意識的に誑かしてきたことが消えたわけではない。

そうした経験を経てさまざまに私が傷ついてきたことはたしかだけれど、同時に私は罪人でもあるのだ。

やはり主人のことも誑かしているのではないかという想いがふたたび頭をもたげた。

なんせこんなにいくつもの精神病を患っているのに、そんな私と主人は結婚してくれたのだ。

これまでと同じように、私が人を誑かしているのだという疑念は晴れようもなかった。

 

そうして気持ちが沈んだまま、主人から「今日はねぎし定食だよ」とLINEがきて、夕食を用意してもらって、やりきれない気持ちになった。

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どうしてこんな私に対して優しくしてくれるのかまるで分からない。

味もよくわからないまま夕食をいただいて、東京喰種2話を観た。

居場所がないと叫ぶカネキの姿に思わず今の自分を重ねて泣いてしまったのだけれど、その後のマスターの台詞もとても良かった。

それは違う。君は喰種でもあり、人間でもあるんだ。2つの世界に居場所を持てる、ただ1人の存在なんだよ。

そんな風に思えたら良いのに、と思う。

喰種というのはあの世界においてはマイノリティだ。

本当の姿を潜ませ、世界に順応しながら生きてゆかねばならない。

私もまた障害者という側面を持っている。だからこそこの物語に没入せずにはいられない。

まだ二話分しか観ていないから、多くのことは語れないけれど、今後考えを深めていきたい。

それからここのところの徹夜や夜更かしが祟ったのか、強烈な眠気に襲われたので、22時頃眠った。

 

2021.04.06 告白と解放

10時ごろ起床。

いくぶんか身体が軽かった。

アメリカ風プレートを作る気力があるのをたしかめて用意した。

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それからまだ鬱々としていたのだけれど、主人が昼休憩を取るというので、ぼーっとしていると、「どうしたの? スピンバイクを漕ぐといいよ。5分でも3分でもいいから」と云う。

やむなくスピンバイクをもっとも負荷のかかる姿勢で漕いでいると、言葉が止まらなくなった。

 

主治医に「あなたは男をその気にさせるのが上手いね。羨ましい話だ」と云われたことをきっかけに、自分が人を誑かさずにはいられない人間だと思い詰めてしまったこと。

これまでの人生を振り返ってみても、そういう場面がたびたびあったこと。

主人のことを誑かしてしまったからこうして結婚に至ったかもしれないこと。

口を突いて出る言葉はとめどもなく溢れ出た。

 

すると主人は黙って聞いたあとで「でも俺は雨伽さんに大事にしてもらってるよ。ふたりでいる時間も楽しいし」と云った。

愛情を抱いているからこそ罪悪感を抱いてしまう、という上で紹介した本のままじゃないか、と思い至って、それでようやく罪が晴れた気がした。

過去の過ちはもう晴らしようがないけれど、それでも私は自分自身が主人に対して抱いている愛情すら疑っていたのだと気づいた。

愛情にフォーカスすることが今はまだ怖い。

共依存の過ちはもう二度と繰り返したくないし、やはりどうしても主人を遠ざけてしまう部分は出てくるだろう。

それでも主人のことを大切にしているという事実は忘れずにいようと思う。

 

ちなみにここ数日、どれだけこのBANANA FISHのED映像と24話の予告、英二をイメージしたというKing Gnuのsorrowsに救われたか分からない。 

youtu.be

 

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Sorrows

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このブログに何度も書いてきたけれど、 主人は本当に英二くんのような人だと思う。

人を疑ったり悪口を云ったりすることもなく、両親から愛情を注がれてまっすぐに生きている人は、私のように絶望の淵に追いやられた人間から見ると、それだけで光のような存在だと思う。

そんなに簡単に私を救えるわけがない、とこれまで彼の手を拒んできたけれど、それでも今はその手に心を預けていたい。