ANIRON

ひとりごと日記

2021.04.06 言葉を信じる

この記事は昨日の日記のつづきになる。

aniron.hatenablog.com

あれから壁紙をBANANA FISH 2クールEDの英二くんに変えた。

youtu.be

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ちなみにiPhoneの壁紙は2クールEDのアッシュにした。

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これでいくらかでも人を、そして主人を信じられるようなよすがにしたい。

俳句を詠みたいとか、小説を読みたいとか、さまざまなことを考えたものの、昼間の間はなかなか手を伸ばせなかった。

やはりそれだけ消耗が大きかったらしい。

実のところ私の置かれた状況は何ひとつ変わっていないのだけれど、それでも気持ちは主人の言葉によっていくらかでも軽くなった。

もう少し生きていてもいいのかなと思う。

 

この間、さまざまなことを考えたことは決して無駄ではなかったと思う。

BANANA FISHに関しても、アダルトチルドレンであるアッシュと、自分自身とを重ね合わせて受容しなければ分かり得ないこともたくさんあったし、ここ数日の間死にたくなるほどつらい想いをしたけれど、それでもいよいよ死のうと思ったことはなかった。

決してひとりだけでは越えられない苦しみを、主人が救ってくれたことを心からありがたいと思う。それだけは胸の中にとどめておきたい。

他人を信じるだけの余力はまだないし、Twitterに本格的に戻るつもりもないけれど、今なお付き合いのある友人たちのことは心から大切に想っている。

それで十分なのかもしれない。

ひとは一人では生きていけないということを身をもって噛みしめた数日間になった。

 

それから宮沢賢治の「ひかりの素足」を再読した。

bookmeter.com

このタイミングで読まずにいられるかと思って再読したのだけども、案の定泣かされた。「こはいことはない。おまへたちの罪はこの世界を包む大きな徳の力にくらべれば太陽の光とあざみの棘のさきの小さな露のやうなもんだ。なんにもこはいことはない」「みんなひどく傷を受けてゐる。それはおまへたちが自分で自分を傷つけたのだぞ」ひかりの素足を持つ御仏の言葉にただただ心に巣食う闇を浄めてもらった気がした。また明日からがんばろう。

 

そのあと主人の作った夕食をいただいて、東京喰種3・4話を観た。

人間である同級生とグールの自分を殺してまで付き合おうとする董香ちゃんがあまりに切ない。

主人は色気のあるお兄さんのウタが気に入ったそうで、声優は櫻井孝宏さんだろうなと思ったら案の定だった。

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それにしても敵も味方も未だわからない状況で、カネキが信じた人たちが次々に裏切る展開がなかなかつらい。

4話は露悪趣味でややコミカルな印象を受けたけれど、カネキにしてみればたまったものではないなと思う。BANANA FISHよりは突き放して観られるので、今のところさほどダメージはないのだけども。

なんにせよカネキを演じる花江夏樹さんの演技力が光る作品だと感じた。

 

それから主人が団子を買ったよと云うので、緑茶を淹れようかと提案したらダージリンが飲みたいとのこと。

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そういうわけでごま団子とダージリン1stフラッシュをいただいた。

東京喰種を観ていると、コーヒーを飲むシーンがとても印象的なのだけれど、あいにくと私はコーヒーがあまり得意ではないので、おとなしく紅茶党として生きることにしたい。

しばらく主人と談笑しているうちに、数日ぶりに幸せだなという気分を実感できた。

こうしてささやかな幸せを感じられるようになったのも、ひとえに主人のおかげだと思っている。

共依存に陥らないように注意をしながら、それでも彼を信頼していけるようにしたい。

 

医師の言葉によって傷つき、主人の言葉によって救われて、言葉の持つ危うさとたしかな力を感じた一日だった。

私自身もそのことに留意しながら、それでも言葉をこれからも紡いでいきたいと思う。

Twitterに戻らないと決めたのは、私なりに言葉ときちんと向き合いたいと考えたということも大きい。

ブログで言葉を費やさなければ伝わらないこともたくさんある。

もっともどんなに言葉を使役したところで、すべてが伝わるわけではないし、人間と人間とは本質的なところではやはり完全に理解し得ないのだということもまた確かなのだけれども。

それでも自分なりの誠意を尽くして言葉を届けようとすることはできるのではないだろうか。

 

King Gnu

Sorrows

Sorrows

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避けようのない痛みを

二人分け合えるよ

 

ささやかな喜びを

二人分け合えるよ

 

この素晴らしき世界を

二人分け合えるよ

とSorrowsで歌ったように、ささやかな喜びを、避けようのない痛みを、言葉によって分かち合うことができるのだと、今はようやく信じられる。

“こびりついた悲しみ”は癒えるものではないかもしれないけれど、それでも近しい人を、そして言葉を信じることはできる。

たとえ小説という場でなくても、今はただ書くことしかできないブログという形であっても、言葉の重みは決して損なわれることはないと信じたい。