ANIRON

ひとりごと日記

2021.04.16 PTSDという診断と人間不信からの脱出の一歩

6結局深夜3時まで眠れず、13時半ごろ起床。

実はここのところ複数のネトスト被害によって過去のトラウマ体験のことが頭をよぎり、何も手につかない状況に陥っている。

ひとまず昨夜のうちにこちらのハートネットで調べた窓口にコンタクトを取り、関連書籍も何冊か注文した。

www.nhk.or.jp

 

午後に病院の電話受診を控えていて、また医師の言葉に傷つけられるのではないかという想いが頭から離れず、しばらく動けずにいたのだけれど、なんとかアメリカ風プレートを作った。

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食欲はないが、それでも何とか食べなければ生きていけない。

味もよくわからないまま飲みこんで、電話受診をした。

 

医師にPTSDと診断された。

ネトストが要因でPTSDの症状が再燃していることと、ネットを見ない方が良いということ、それから家事をして身体を動かすべきことなどを伝えられた。

ネットを見ない方がいいということは分かっているのだけれど、それでもこの場がなければ到底生きていけない。

せめてブログだけは死守したい。

Twitterインタラクティブなやりとりがとても苦痛になってしまっているので、何度か復活させているものの、ふたたびアカウントを削除した。

すみっコ農園はふたたび非公開に設定した。

移行先のSNSは、サービスの性質上、発端となったSNSに近いし、見ていると不安に駆られるので、そのうち非公開にするかもしれない。クローズドな読書管理アプリがないか探すというのもひとつの手だろう。

検索してみるといろいろと出てくるので、さらなる移行を考えたい。

ブログは一方向の情報発信で済むし、その分気が楽だ。

 

それから医師のアドバイスに則って、家事をして彼杵茶とたいやきでお茶をした。

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 夜になり、昨夜コンタクトを取った相談窓口から返信が来た。

詳しい内容は伏せるが、同調的に寄り添ってもらえる内容のメッセージで、それだけでずいぶんと気持ちが楽になった。

 夕方に再読したこちらの本も気持ちを軽くするのに役立ってくれた。 

 

医師にPTSDと診断されたので再読。
たしかに改めて読んでみると当てはまるところが多かった。
私の場合はとあることをきっかけに過去のトラウマ体験が再燃していて、極度の人間不信に陥っている。
しかしそれはPTSDの特有の症状であって、自分を責めすぎる必要はないのだということが分かっただけでも良かった。
周囲の理解を求めることは難しいけれど、アドバイスはいくつかもらっているので、それらを実践しつつ、自分のケアに努めたい。

 やはり病院だけではどうしても限界があるし、そういう時に複数の相談窓口を利用したり、本を読んだりすることは大きな助けとなるなと実感した。

 

とにかく今は生き延びなければならない。

どんなにつらくても、頼れるものには頼りながらでも、なんとか生きねばならない。

 

人間不信が解消したわけではないし、傷が癒えるにはまだまだ時間がかかりそうだが、それでも自分自身の力で少しずつ状況を打破しつつあることは、少しは評価してもいいのかもしれない。

これまで孤独な戦いを強いられてきたが、それは各相談窓口でも受け止めてもらえた。

今後もひとりきりの戦いはつづくけれど、それでも下心のない善意を持って助けてくれる人もいるのだということは頭に置いておきたい。

 

それから主人が帰宅して飲みメニューで私はノンアルのカシスオレンジをいただいた。

ひとしきり歓談したあと、ゾンビランドサガ2期2話を観て、サキちゃんがラジオで居場所を与えてもらったというエピソードに感じ入るものがたくさんあった。

そしてサキちゃんが泣くところでもらい泣きしてしまった。

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観ていて元気が出るアニメの存在は、それだけでありがたい。

それからルピシアのキャラメレでお茶をしながら、主人とフランシュシュの曲を聴いた。

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1期のあとのライブを観戦したので、2期の曲も早くライブで聴きたい。

 

それから少しだけSNSの話をした。

移行先のSNSTwitterも今はやめて正解だということと、「ブログは雨伽さんの生きる糧になっているからつづけた方が良い」と理解してもらえて良かったと思う。

この人間不信がPTSDの症状のひとつだということも分かったので、依然として付き合っていかねばならないとは思うのだが、それでもようやく人の理解を得られたことにひとまずほっとした。

人に理解してもらえる形で言葉を紡ぐことが大切なのだということも、今回の経験を経て身にしみて分かったことだった。

つらいトラウマ体験のすべてを詳細に語る必要はないし、そこを分かってもらおうとすると双方が苦しくなってしまう。

「性的なトラウマ体験」と大きくひっくるめて伝えても、相手には届くし、その方が私自身もそこまで負担にならない。

やはり言葉をいかに扱い、相手に届けるかということが大事なのだということを改めて実感した。

実際にさまざまな言葉で傷ついてきたから、人間不信に陥っても仕方がないということを複数の相談先で云われたし、そこは自己批判する必要はないのかもしれないけれど、やはりどこかで言葉を用いて相手に気持ちを伝える必要性というのはどうしても生じてくる。

その際に自分も相手にとっても受け取りやすいボールを投げるということは、相手のためでもあるとともに、自分の身を守ることでもあるのだと感じた。

 

主人とこうして時間を過ごしているうちに、心が軽くなるのを感じるとともに、主人にはずっとこうして幸せでいてほしいと願う。

私の世界の暗い部分は主人には少しも味わっていてほしくないし、たとえふたりの世界が完全には交わらないのだとしても、それでも主人には笑っていてほしいと思う。

苦しい想いをするのは私ひとりで十分だし、主人をこの暗闇に引きずり込みたいとはまったく思わない。それでも一緒に暮らしている以上、少なからず負担をかけてしまうのだけれど。

そこで連休は主人の好きなアクアリウムショップへ行くことを提案して、そのどこかでスーパー銭湯に主人ひとりで行くことを勧めた。

私自身は魚は飼っていないけれど、以前主人が連れて行ってくれたアクアリウムショップでとても癒されたのを思い出したのだ。

また主人はリモートワークがつづいて身体を動かす機会が減っているためか、肩が凝っている様子だったのと、私が平時家にいて、ひとりの時間をなかなか持てないので、スーパー銭湯でひとりの時間をたっぷり堪能してほしいと思う。

主人は自由人な気質なので、終始人と一緒にいるのがとてもストレスに感じてしまうタイプだということも重々承知している。

そういう主人に何の気兼ねも持たなくていいように、時間を気にせずゆっくりと羽を伸ばしてきてほしい。

浴場でクラスターが出たという話は今のところ聞かないから、おそらく大丈夫だろう。

主人も「提案してくれてありがとう」と喜んでくれた。

私にはこんなことしかできないけれど、せめてもの心づくしだと思いたい。