ANIRON

ひとりごと日記

2021.04.23 SNSからの脱却と自分の居場所と

久々に最低の体調を更新した。

月経困難症の症状が強く出てまったく身動きが取れない。

昨夜調子が上向きすぎた影響もあったのだと思うのだけれど、抑うつ状態とはまた種類を異にする、フィジカル由来の具合の悪さで、いかんせんどうしようもなかった。

食欲もないし家の中を少し移動するだけで息が上がって疲弊してしまう。

昼間3000字程度の記事を書いたものの一時間強もかかってしまった。

evie-11.hatenablog.com

厳密に云えばPTSDから完全に解放されたわけではないし、SNSからの撤退を決めたのでむしろ敗退に近い。こうした行為は回避行動と呼ばれて、PTSDの症状のひとつとされているらしい。

ブログだけが今の私の生きるよりどころとなっている。

当初は強い無力感と絶望感に苛まれ、本当につらい想いをしたのだが、ようやくあきらめの境地に至りつつある。

そうして生きることしかできないのならば、もう執着したところでどうしようもない。

SNSを通じてさまざまな宣伝ができないことなどは痛手ではあるけれど、あの場所に戻りたいとは今は思えない。

近しい人からリプライが飛んできたり、見知らぬ人からいいねが飛んでくるだけで恐怖に駆られてしまうのだから、もはやどうしようもなかったのだ。

ましてやその見知らぬ人のプロフィールに、読書メーターでのネトスト犯と共通する属性が書かれていたのだから尚更だ。

もう戻れない場所がどんどん増えてゆくけれど、新天地を求める他致し方ない。

 

それから図書館から借りてきた歌集を読んだ。

塚本邦雄の流れで手に取った。塚本邦雄が引用していたぐらいだからよほど耽美的な作風なのだろうと思ったけれど、陰鬱な歌が多くて驚いた。
wikiによれば前川佐美雄は戦争賛美によって戦後に歌壇において誹りを受けたとのことで、その弾劾の激しさの一端が短歌の数々から窺える。正直なところ国粋主義的な地元奈良に題材を取った短歌はさほど優れているとは思えない。とはいえ抑圧された者の怒りと悲しみがほとばしる歌の数々に圧倒された。
PTSDの再燃で落ちこむことの多い今、出会えて良かった句集だと思う。
こうして直截な表現で悲しみを歌う短歌もありなんだなと勇気をもらうとともに、今作っている散文詩の作風にどうにも自信を持てずにいたので励みをもらった気がした。

図書館も緊急事態宣言で閉館することになりそうだ。

図書館とコロナについては語ると長くなりそうなのでここではあまり言葉を割かないが、図書館という場所が私にとってもう一つの家であり、あるいは精神のよりどころであり、アジールである以上、閉館は切実な問題だ。

特にここのところ詩歌を借りて気に入った詩歌集を買うというサイクルが生まれていたので、詩歌との出会いの場としての図書館が機能してくれないのは困る。

検索してみるとまだまだ気になる詩歌集が書庫に眠っているようだし、図書館学についても勉強し直したい。

開架のエッセイ本も気になるものがさまざまにあるし、現にそうして石田波郷と出会ったという点では大きな機会損失になると云っていい。

緊急事態宣言はやむを得ない措置だと思っているのだけれど、図書館という場所は、かつての私のように学校に居場所がない、あるいは家そのものに居場所がない子どもたちや、DVやモラハラなどで家にいられない女性たちにとっての避難場所ともなりうる。

そういうアジールとしての機能を十全に生かせないとなると、よほど社会にとっての死活問題だと云える。

あまり考えたくはないけれど、自ら命を絶つ人もますます増えるだろう。

自分もそのうちのひとりにならないようにせいぜい踏みとどまらねばならない。

結局言葉を費やして書いてしまった。

 

 

夜、主人の昇給祝いにと近くの寿司店のお寿司をいただいた。

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お寿司はとても美味しかったのだけれど、緊急事態宣言が気がかりであまりくつろげないまま味わうことになった。

主人に歌集を読んだ旨を伝えると、短歌鑑賞会をしたいという提案をしてくれたのがうれしかった。

全集本を買うよりも、しかるべき選者が選んだ句集・歌集の方が我々素人には良いだろうということも語り合った。選句・選歌はそれだけでもはやプロの技を必要とする。

そうした趣旨のことは以前ブログに書いた。

evie-11.hatenablog.com

「そうして選者の選んだ本を読んで地力をつけたいよね」と主人が云うので、根っからの音ゲーマーだなぁと思う。主人は「地力をつける」ことに何より重きを置くタイプで、その姿勢は尊敬する。

それから主人の読んでいる科学の新書についての話も聞いた。

生物は死を経て進化してゆくこと、あるいは絶滅を経て新たな種が栄えることなどを聞いてとても興味深かった。

 

それから主人がまだ飲みたいと云うので、スーパーで食材を買って帰宅して、野菜飲みの支度をした。

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ここのところ我が家は野菜飲みにハマっていて、主人のお気に入りのもろきゅうなどをよくいただく。

私はつい江國香織きらきらひかる』を思い出す。

きらきらひかる (新潮文庫)

きらきらひかる (新潮文庫)

 

 私はノンアルコールしか飲まないが、家で飲むと外とは違ってコロナに気兼ねする必要もないし、ゆっくり落ち着いて話せるのがいい。

自分の興味の赴くままに勉強をする楽しさや、教育のあり方などを話した。

 

それから自室に帰ってこの日記を書いている。

一日を通して消耗が激しかったので早めに寝たいのだが、さまざまな想いが頭をもたげては去ってゆく。

いくらかメンタルの状態は回復傾向にあるとはいえ、もうどうしてもSNSには戻れないだろうし、私がカサンドラ状態に陥ってしまった発達障害の友人との付き合いもなかなか元通りにはならないのだろうと思う。

それでもなお付き合いのある友人たちは大事にしたいし、今後ともさまざまなものを共有したい。

今はそれで十分なのだろうと思う。たとえネットでつながらなくても、そう頻繁にやりとりをしなくても、つながっていられる人たちがたしかにいることがありがたい。

友人が少ないとか、本当に参っている時に頼れる人がいないとか、色々な想いはあるけれど、友人にそこまで求めること自体間違っているのかもしれない。

このつらいPTSDの再燃を通して、結局のところ頼れるのは自分だけなのだということは厭というほど分かったし、言葉はあまりにも無力だった。

その上でなおつながりたいという相手とだけつながりたい。

たとえ数は少なくとも、親友もいれば十年来の友人もいる。そして彼らとはきっとこの先もつながっていられると信じている。