ANIRON

ひとりごと日記

2021.04.26 私もパパゲーノ

生きているだけで手一杯な日だった。

夜はPTSD関連の夢にうなされてしばらく布団から離れられず、ようやく昼前に起きて寝ぼけたままアメリカ風プレートを作った。

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紅茶はルピシアのセイロン・ディンブラ。

昨夜同じくルピシアダージリン1stフラッシュ2021を注文したので、届くのが愉しみだが、そういうことにも想いが及ばないほどの抑うつに苛まれた。

人間関係のあれこれやPTSDによってSNSにいられなくなったことなどが一気に襲いかかってきて、収拾がつかなくなった。

私がカサンドラ症候群に陥った対象である友人のことなども体調が悪くなると頭から離れない。

相手はなんとも思っていないことも分かっているし、自分ばかりがこうしてつらい想いをして、それを周囲の誰にも分かってもらえないことがあまりにも理不尽だと思う。

医師に相談してもカサンドラ症候群のカの字も分かっていない様子で、こちらから説明する羽目になったし、それは非定型うつ病につづいて二度目で、本当に不勉強な医師だなと思う。老医師だから致し方ないのかもしれないけれど。

友人とは距離を置くと決めたのに、わけもなく執着してしまう自分自身にも嫌気が差すし、そもそも私の人間関係の築き方自体にも問題があるということは重々承知している。そうして自責感に苛まれ、ふたたび強い人間不信に陥った。

結局のところ自分自身で対処するしかない問題があまりにも多すぎる。

医師も友人も家族も頼れない状況が毎日つづく。

頼ったところで何ら理解を示してもらえなかったり、あるいは無神経な言葉で傷つけられるということが毎回つづいて人間不信に拍車をかける。他責感と自責感の板挟みになっている。

 

致し方ないので医師のアドバイスに従って家事に励むことにした。

私は小学時代から愛読している茅田砂胡作品のシェラが好きで、『コーラル城の平穏な日々』で彼が怒りに任せて料理に励むワンシーンは共感しか覚えないのだけれど、ちょうどそうした様子でひたすら手を動かした。 

慣れた気分で黙々と生地を練る間も、シェラの気分は優れなかった。胸元の櫛も相まってあの男の端麗な顔を思い出し、どうにも腹が立って、何度も何度も力任せに、生地を作業台に叩きつけた。

凄まじい音が響き渡る。

口汚く罵ったりはしないが、その心中を敢えて言葉に直すとしたら、

(おのれ!)

(今に見ていろ!)

(ただでは置かないからな!)

というところだろう。

今は誰もいないのだから、大声で喚いたところで何も問題はないのだが、そこは優秀な侍女たるもの、そんなことははしたなくてできないのである。

だが、不愉快な男の顔を思い浮かべながら生地を練るのは案外いいかもしれないと発見した。

なかなか美味しいパンが焼けそうだ。

黙々と手を動かしている間にいくらか気分もすっきりして、ようやく死にたいほどの抑うつ感から解放された。 

詳細はまた別途記事に書く予定なので、多くの言葉は割かないけれど、医師の指導に従った良かったと思う。

実際のところ参っていると動くどころではないと思うことも多いのだけれど、日中はまだ家事をすればいくらか気が紛れるし、何より専業主婦としての役割も果たせて自己肯定感もいくらか上がるので、もっと積極的に家事に励もうと思う。

 

それから録画していたNHKハートネットの「あなたもパパゲーノ」を観た。

www.nhk.or.jp

ハートネットTV掲示板には何かとお世話になっていることもあり、ちょうど放送間近だったので録画しておいたのだ。

観ているうちに、私はこの日記の読者の皆様に生かされているなということをつくづく実感した。

毎日鬱々とした日記を書き綴っているだけだが、いくらかでもこれを読んだ人の気持ちのなぐさめになればいいと願っている。

今の私にとって作家になるという理想を叶えることはあまりにも遠い。

日々本を読んでブログを書くことで何とか生き長らえている。

しかし昨日も書いたように、もはや作家という夢にこだわる必要もないのではないかと思いはじめている。

心身に不調をきたしながら小説を書きつづけるよりも、無理のない範囲でブログを書き綴りながら、その過程で何らかの形で人様の役に立てればいいと、力及ばずながら考えている。

今は毎日生き抜くので精一杯で、なかなか創作をするゆとりもないけれど、何とかやり過ごしながら生きていたい。

 

その中でさまざまな本との出会いが私の生を少しずつ延ばしてくれているのを日々実感している。

たとえ作家になれなかったとしても、文学に触れることは確実に私の糧になっているし、それを小説という形で十全に生かせなかったとしても、こうして日記にとどめて人の目に触れるようにすることはできる。

持病が悪化する前には、そうして本を人に紹介する司書やブックコンシェルジュの仕事に憧れたこともあったし、司書資格の勉強も体調不良で途中で断念せざるを得なかったけれども、それでも興味を持って学んでいた。

ここのところふたたび図書館に通うようになり、図書館そのものへの興味が高まっている。

ひとつにはBANANA FISHの影響があるけれど、もともと図書館で育ったようなものだから、図書館という場には並々ならぬ愛着の念がある。

そうした図書館への想いをまとまった形で読めるように一冊のエッセイ集にしたいという希望も兆してきた。

すでにブログやカクヨムで公開しているものも含めると、ちょっとした量にはなりそうなので、実現に向けて励みたい。

そういうわけでこちらのブログのうち、図書館にまつわる記述を抜き出してみると13000字を超えた。最低限30000字は欲しいので、あと17000字加筆すれば本にできるだろう。

KDPという形を念頭に置いているので、ひとまず旧作の散文詩集2冊を貼っておく。

挽歌-elegy-

挽歌-elegy-

 
真珠姫の恋

真珠姫の恋

 

エッセイは詩歌よりも相性が良いはずなので、ひとまずクオリティを担保した上で、今年中には電子書籍にしたい。

Twitterという販路を失ったこともあり、またイベントの開催も危惧される状況のさなかなので同人誌はなかなか難しいというのが実情だ。

むろん紙の本にしたいという想いはあるのだけれど、KDPは在庫を持たなくて済むというメリットがあまりにも大きい。

ひとまず先に電子書籍にして、状況が落ち着いたら紙の本にするという手もあるのだし、もう少し長期的な目線で考えたい。 

そうしたことを記事をまとめた。

evie-11.hatenablog.com

 

それから主人が帰ってきて、今日は私が夕食を整えてふたりでいただき、さまざまな話をした。

上のような話をしたところ、私がブログで本の紹介をして少しばかりの紹介料をもらっていることを褒めてくれて、それも本に携わるという点では大切なことだと云ってくれた。

私のブログが少しでも本を開く扉となってくれることを心から願うとともに、今後とも執筆に励みたい。

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そのあとルピシアのキャラメレとプリンでお茶をして、それぞれの部屋に帰った。

振り返ってみると何かと心が忙しない一日だったけれど、私もまたパパゲーノであることに変わりはない。

これからも絶望的な気持ちに苛まれることもたくさんあるだろうし、気力を著しく消耗して参ってしまうこともあるだろう。

それでも自分の手で希望を作っていきたい。

たとえそれが潰える日が来たとしても、それでも踏まれてもなおめげない心が私にはあるということも分かったから、それをただひとつの頼みとして生きていきたい。

むろんこの日記の読者の皆様に多大に支えていただいていることも決して忘れない。

ここがあるから私は何とか生き延びることができているし、これからも日々を綴っていきたい。