ANIRON

ひとりごと日記

2021.05.02 パパゲーノ、ふたたび

昨日は活動限界まで活動してしまったらしく、まったく寝る支度ができなくて眠れないまま5時まで起きていて、眠って起きたのは13時ごろだった。

明らかにPTSDの再燃からうつの悪化へとダイレクトにつながってしまったらしい。

当然極度の抑うつ状態に陥ってしまい、希死念慮に苛まれながらなんとかアメリカ風プレートを作っていただいた。

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紅茶はルピシアアフタヌーンティー

アッサムとダージリンを掛け合わせるのはさすがにどうかと思ってしまう。

我が家は主人はダージリン好き、私はアッサム派なので、福袋に入ってきたお茶がミルクティー向きのものがほとんどだったのには辟易してしまった。

ひとりでこっそり楽しむ分にはいいけれど、ふたりで楽しむならばやはりダージリンが良い。

そういうことで先日ダージリン1stフラッシュ2021と、普通のダージリン1stフラッシュを注文した。それも今月中旬にならなければ届かないので、しばらくはストレート向きのフレーバードティーでしのぐしかない。

ミルクティーはひとりで味わうに限る。

 

それからしばらくまともに動けなかったが、主人が声をかけてくれて気が紛れて、ブログ記事を3本書いてうち2本が公開された。

snowrabbit21.hatenablog.jp

evie-11.hatenablog.com

kakuyomu.jp

詩作は本当にままならない。言葉がぎこちなくなってしまったと痛感しながらも、それでも書かずにはいられなかった。

いずれまた詩集を作りたいと考えているけれど、このペースだと当分先になるだろうし、こちらの二冊の耽美主義を掲げた散文詩集とはまた傾向を異にすることになるだろう。

挽歌-elegy-

挽歌-elegy-

 
真珠姫の恋

真珠姫の恋

 

やはり本は作れるうちに作っておくものだなと思う。

図書館エッセイ本も上梓すべく、今原稿に励んでいる。書けば書くほど図書館について記しておきたいことが出てきて、現時点で1.6万字だけども、書き下ろしを合わせて2万字は超えることになるかもしれない。とにかく日々書きつづけたい。 

 

それから本を読んだ。

詳細はまた別途記事に書いたのでそちらに譲るけれど、なかなか図書館から借りた本を消化できずにいる。せっかく借りたのだからと塚本邦雄『閑雅空間』を読み進めたが、塚本邦雄の短歌にハマれそうでハマりきれないところがあって、その違和感がなんとも歯がゆい。

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どうしてもモチーフのコラージュのように見えてしまう。それが意味を超越したところにある詩情というものなのだろうけれども、その飛躍は極めて新古今和歌集的でありながらもどこか歪な印象を受ける。

新古今和歌集ほど透徹した技巧が光らないためなのか、ものによっては良いと感じるものもあるけれど、どこか違和感が強く残る。その違和感こそが他ならぬ塚本邦雄の魅力につながっているのかもしれない。

塚本邦雄に関しては彼にまつわる評論等はあまり読んだことがないのだけども、角川短歌が以前塚本邦雄特集を組んでいて買ったまま積んでいるので読みたい。

短歌 2020年4月号 [雑誌] 雑誌『短歌』
 

単に耽美だとか、そうしたレッテル貼りのような文脈だけではどうにも読み解きがたい。彼の歌の本質がどこにあるのか見定めるためにも、さらに彼の短歌を読みつつ、評論などにも触れていきたい。

 

それから21時ごろ買い出しに行って、私はのんある気分のカシオレで乾杯した。

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主人から古市憲寿『絶対に挫折しない日本史』の話と朗読を聴いた。

絶対に挫折しない日本史(新潮新書)

絶対に挫折しない日本史(新潮新書)

 

 大学で日本古代史を専攻していたので、この手の本にはどうしてもアレルギー反応が出てしまうのだけれど、主人曰く注釈がしっかりしているので、安心して読めるとの由。

話を聞くにつけ、社会学者としての分をわきまえた上で、さまざまな文献に拠りながら最近の論説が概覧できるようになっているらしく、日本史に関して古市氏の自説をひたすら展開するという本ではないらしい。

特に主人が朗読していた、人口という視点から未来を分析するという箇所が面白く、明快な論旨を前提に組み立ててある一冊だということが窺い知れたので、主人の勧めもあるし読んでみようかと思う。

 

追記

主人と話してTwitterに戻ってみようかという気持ちになって戻ったものの、ふたたびPTSDの症状に見舞われて恐怖心が募るばかりだったので、ふたたびアカウントを削除した。

もう戻れそうにない。

Twitterに依存しない形で創作をつづけていくしかないのだろう。

その先に何が待っているのか、結果は出せるのか、今は自信がないけれど、それでも持病の悪化が避けられないのならば仕様がない。

ブログに重点を置いて活動したいという気持ちに変わりはないし、今後とも執筆に励んでいきたい。