ANIRON

ひとりごと日記

2021.05.20 もう一度小説の道へ

朝は9時頃起床。主人とアメリカ風プレートの朝食をいただいた。

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お昼にはリモートワーク中の主人とダージリン1stフラッシュをいただいた。

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それから部屋に戻ってPTSDの症状がふたたび出た。

きっかけは読書メーターにアカウント名を変えて戻ろうとしたことだった。

ネトスト被害も終わったことだし、アカウント名を変えて、つぶやきを投稿しなければいけるだろうと思っていた。

医師からももうPTSD再燃の出来事は終わったこととして処理するような発言があったし、実際にここのところ何度か悪夢を見ることはあったけれど、起きている間に再体験としてトラウマ体験を味わうことは少なくなっていたので、アカウントを取り直そうと思ったのだった。

しかし読書メーターに再登録した途端吐き気に見舞われてしまい、すぐにアカウントを削除した。

この分ではTwitterにも戻れないだろう。

そういう経緯もあってPTSDの本を再読した。

 うつの悪化とPTSDの症状は密接に関わり合っていて、トラウマ体験から離れたとしても、その影響はつづくことも分かった。私の認識が甘かったのだ。

医師に理解を求めるのが難しければ、他の相談機関を当たるしかない。

とはいえひとまず増薬はしているのだし、おとなしく薬を飲むのが先決なのかもしれない。

吐き気は一時間ほどして治まって、常服しているレキソタン2mgとレキサルティ2mgを飲んだ。

それでも不調は治まらず、やむなくセロクエル12.5mgを飲んで眠った。

しかしなおも発作は治まらない。断続的に夜までつづいて私を苦しめた。

 

この間、もうひとつ出来事があった。

私が参加しているとある小説講座の先生からメッセージをいただいたのだ。

やりとりをしていて、やはりこんなことをしている場合ではないという思いが頭をもたげる。

私は小説から逃げつづけてきた。構想を練るたびに発作を起こし、すっかり消耗しきっていたから、それもやむを得ないことだと思っている。

だから自分にできることを必死に模索しつづけてきた。ブログを書き、あるいはエッセイ本の執筆をし、短歌を詠んできた。

それでもやっぱり私の本当にやりたいこととは違うのではないだろうかと自問してしまったのだ。

本当は私はずっと小説を書きたかった。その気持ちに蓋をして、できないと諦めていた。実際に難しかったから離れざるを得なかったのだけれど、そのことは先生には伝えていない。

ただどうしても逃げつづけるわけにはいかないのではないかと思い直すきっかけをいただいたと思っている。

私が本来目指すべきなのは歌人でも俳人でもない、詩人でもない。作家なのだ。かつて大学院に進もうと思っていた時に恩師に「あなたは作家になるんでしょう」と云われたように。

私は自分にできることを必死に模索しつづけたこの半年を決して無駄だったとは思っていない。精一杯生き抜いてきたし、そのために文章を自分を守る盾として使ってきた。

それでも師と仰ぐ人ひとりの言葉がきっかけでその後の人生の歩み方を変えるというのは間違ったことではない。

 

そこで先生が勧めてくださった、ホラー小説を書きたいという想いを改めて伝えさせていただいた。この日記のことも綴った。以下の文章は私が送ったメールの転載だ。

あれから、私はとあることがきっかけで体調を崩してしまい、著しい人間不信に陥りました。
不信感のさなかで、夫のことは心から信頼していましたが、特に実母との関係があまりよろしくないので実家を頼れず、また医師からも無神経な言葉をかけられたことで、医師を信頼できなくなり、数少ない友人とは少し事情があって疎遠にならざるを得ずに、頼れる人が周囲にほとんどいないという状況になりました。
 
ただでさえ何かと心配をかけている夫にすがりつくのは申し訳ないので、自分ひとりでじっと耐えて、ブログで日記を書くということを日々行っているうちに、だんだんその日記を読んでくれる人が増えて、評価をいただく機会も多くなってきました。
はじめはどうしてこんなたわごとを評価してくださるのだろうと思っていたのですが、このコロナ禍で絶望感に打ちひしがれている人の多さを改めて感じるとともに、自分に果たせる役目というのは、こうして絶望の只中にあって、その絶望を自分の言葉で語ることなのではないかと思うようになりました。
 
実はそうした想いもあって、NHKラジオ深夜便で放送されて書籍になった、頭木弘樹『絶望名言』『絶望名言2』を買って読み、さまざまな絶望の只中にあった偉人や文学者たちの絶望的な言葉に触れて、深く共感するという体験をしました。 
NHKラジオ深夜便 絶望名言

NHKラジオ深夜便 絶望名言

 
NHKラジオ深夜便 絶望名言2

NHKラジオ深夜便 絶望名言2

 

 絶望をただ味わいたくないもの、ネガティブなものとして遠ざけるのではなく、そこに深く根を下ろして、自分の言葉で掘り下げることで、この世の中で救われる人もいるのではないかと、これらの経験を通じて学びました。

 
ホラー小説はそのひとつの手段となりうるのではないかと感じます。
私はホラー小説を書くということに対して、あまりよく理解が及んでいなかったのだなと気づきました。
自分の体験をもってはじめて先生がホラー小説を勧めてくださった理由が分かった気がして、こうしてメールを送らせていただくことにしました。

この日記がなければ、私はホラー小説をもう一度志そうとは思わなかっただろう。

またそもそもこの日記がなければこのつらい二ヶ月間を生き延びることもできなかっただろう。

小説を書ける日はまだすぐにはこないのかもしれないけれど、いったん歩みを止めて、ふたたび小説の道へと歩き出すことは今日からできる。当然読むべき本も変わってくる。

もう一度小説の道へ立ち返りたい。