ANIRON

ひとりごと日記

2021.05.31 #1 相談窓口に相談してもどうしようもなかったので自力で考える

 

はじめに

朝からNHKのひるまえほっとの若者の自殺特集を観て、「私には助けてくれる友人なんていない」と思って猛烈に死にたくなり、やむなく増薬してもらったセロクエルを飲んでも治まらず、ふたたびどうしようもなく死にたくなって、夕方ごろに都のLINE相談窓口に相談した。

ここのところ窓口が混み合っていて、なかなか相談できずにいたのでほっとしたのだが、こちらの状況を提示しても何の解決策も提案も示してもらえず、ハズレを引いてしまったなと思ってこれを書いている。

これまでに相談して初めてタイムオーバーになり、費やした45分でブログ記事の一本でも書いた方がよほどマシだった。

今の私はブログ記事を書くことでなんとか永らえている。

それが分かっているのだから、せいぜい知的生産活動に励む他ないのだろう。

現に今日はここまでで二本の記事を仕込んで、今この記事を書いている。

この記事では私の置かれた状況を整理しておくとともに、自分なりに心の内を振り返っておきたい。

 

毒親のこと

発端は従姉妹の結婚式に母が参列したことだった。それから矢のような催促と干渉があり、主人が義実家に先に連絡をしたことで母がヒステリーを起こして、そもそも論を持ち出して、コロナ禍という事情も鑑みずに、両家顔合わせをしなかったことや、義実家が実家のある九州まで足を運ばなかったことなどを取沙汰した。

母のヒステリーは主人にまで累を及ぼして、主人は私の父および母に対して謝罪の電話をすることになった。

一番つらかったのは主人だと思う。しかしそんな親を持って、主人に迷惑をかけてしまったことに対する申し訳なさが募って、メンタルが余計に参ってしまったのは私の方だった。

 

毒親との関係は詳細については書かないが、18歳の頃に激しく対立して、私が自殺未遂に追いこまれたこともあり、未だに許せずにいる。

こちらが折れて歩み寄る形で今は連絡を取っているが、母はそのことに気づいている様子もなく、「昔の我が子に戻った」と思っているらしい。

できればそのような超絶おめでたい勘違いをしてくれたまま寿命で昇天してほしいと思っているけども、今後介護の問題も関わってくると、いよいよ事態は深刻にならざるを得まい。

母より年長ということもあり、おそらく今の様子では父の方が先に要介護になるだろうから、ますます状況はよろしくない。最悪の場合はひとり残った母と一対一で向き合うことになる。

父は立場があまりに弱いとはいえ、ある程度防波堤の役割を果たしてくれている部分もあるから、その要員が先にいなくなると考えるとあまり良い想定はできない。

実妹は体が弱いので、将来的に頼れるかどうかは分からないのがなんともつらい。

正直縁を切りたいのは山々だけども、そのツケは必ず自分に回ってくる気がする。どこかで見捨てたことを後悔する日が来るのだろう。

なんとか看取るまでは付き合うしかない。

 

友人のこと

詳細は以前書いたので掘り返さないでおくが、友人とやむを得ない事情で疎遠にならざるを得ずに時間が経った。

もう一度彼女あるいは彼と関わりを持つべきなのかどうか、未だに判断しかねている。

とはいえ関係を絶ったのは必ずしも友人たちだけに原因があるとは云いきれない。

結局のところ私の距離感の保ち方がよろしくなかったと云う他ないし、非の多くは私自身にあるのだろう。だからこそやりきれないのだけども。

あまりに多くのものを求めすぎたのかもしれないなと反省している。

ただでさえ友人が少ないのだし、彼女らの性格の特性もよくよく分かっているので、それらを踏まえた上でさらに人間関係をつづけたいかどうかということなのだろう。

これまでの経緯もあって、幾分か疲れを感じていたのはたしかだけども、もう一度自分自身を顧みてみると、私にも至らない部分はたくさんあった。

後述するが、やはり私は人を許すことができずに人間関係を断ってしまう傾向がある。

その資格が自分にあるのだろうかと問うとき、あまりに情けない自分と向き合わざるを得なくなるのだろう。

もう一度こちらからコンタクトを取ってみて、それでダメなら考え直すしかない。

自分自身の非を認めなければ何ら進歩はないのだろうと思う。

 

とあること

とあることについては、とある人との関係が複雑きわまりないのでこの場には多くを書けない。

ただその人が真摯かつ誠実な態度で重い言葉を投げかけてくださったことを、今はきちんと受け止めるしかないのだろうと思っている。

その言葉に傷ついたことは事実だし、その人のことをなかなか受け入れられずにいるけれど、それでもその人自身に「お母さんのことを許せなくてもいいけれど、他の人は許せるようになりなさい」と云われたことは、重く受け止めねばならないのだろう。

正直なところ実母との関係やら、うつ病やら、PTSDやらで「他者に対する基本的な信頼感」というものが大きく損なわれている以上、自力で這い上がって人を許すにはまだ力不足の感が否めないのだが。

 

自分の根本理念としてのカトリックのこと

その人とは何ら関係のないことではあるが、キリスト教カトリックに帰依したいという想いは未だにある。

しかしこれまでにも周囲の反対によって潰えざるを得ない状況で、今後とも叶いそうにない。

せめてもとマリア像を飾っているのは、「赦しを与えられるのは結局のところ神という存在を置いて他にはない」と思っているからだ。人間はあまりに無力で弱い。

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精神的にあまりにも困難な状況において人を許せる人間や、人を無償で愛せる人間はよほどたぐいまれな聖人ぐらいなものだと思う。

ただ高校大学とミッションスクールを経てきて、自分の精神のよりどころの一部としてキリスト教カトリックが厳然としてあることに変わりはないので、今一度自分の無力さを噛みしめて、自身の非を認め、神に本当の意味で祈るしかないのだろうと思っている。

 

さいごに

ここまで書いてきて、先日主人に「きみは病むけど、精神がねじ曲がらないのはすごい」と云われたことを思い出した。

決してねじ曲がっていないとは云いきれないと思うのだけれども、根が愚直で莫迦な人間なのだろう。

やはりどこかで希望を見出していないと、十年選手の精神疾患持ちは到底務まらない。

「絶望の淵を覗いて、それでもなお」と希望を語ることは、絶望を語ることよりも難しいのだということを、この日記を書いているとつくづく感じる。

それでも人を信じる人間でありたいし、それでも人間を受け入れられる人間でありたい。