ANIRON

ひとりごと日記

2021.06.09 双極性障害という疑念とこれからのこと

朝から過活動な一日だった。明らかに軽躁状態で、家事もいつもより調子良くこなせたし、外に出て日用品を買いに行った。ただでさえ暑い日だったし、日差しも厳しかった。いつもの私ならば絶対に避けることだ。明らかに変調をきたしている。

買い過ぎは防げたものの、そうして挫折感を味わって、やはりネットスーパーに頼るしかないのだと思い知らされた。詳細はこちらの記事にまとめたので割愛する。

snowrabbit21.hatenablog.jp

それからふたたび調子を崩した。

外に出た日は必ず帰ってくると募った負担が露わになる。胃腸の調子も悪いし、メンタルの消耗も激しい。ひたすら疲弊してしまっている。

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コンビニのサンドイッチとアイスルイボスティー、アイスカフェオレとナッツをいただいたものの、脳疲労がなかなか治らない。

かといって休むという能はないので、ひたすら記事を書き、短歌を詠んだ。

 

今日は塚本邦雄の忌日、神變忌だという。

塚本邦雄については多くをネットで語りたくないので、短歌を詠んでも非公開のままにした。投稿に使うかもしれないし、使わないかもしれない。

ただ今はインスタントな評価を求めすぎないようにしたい。

それが今の私と短歌とのちょうどいい付き合い方で、ひとりで黙々と詠みつづけるのが誠実な向き合い方なのだろうと思う。 

シモーヌ・ヴェイユ重力と恩寵』に寄せた短歌は、本の文脈から離れると意味が取りづらいので、カクヨムで公開することにした。

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kakuyomu.jp

シモーヌ・ヴェイユ重力と恩寵』四首 

 

ヴェイユ説く「おまえの孤独を守りぬけ」福音あまりに遠く響いて

また罪に罪を重ねて恋を説くヴェイユの弾劾望んでもなお

実在の地獄を見ずに妄念の楽園からも追放されて

剥き出しの仮象を遠ざけ愛しおり人形絵画きみも幻影

 

2021.06.07

引き続きこの本を読んで心の琴線に触れるものがあればまた短歌にしたい。

 

それから主人と夕食をいただいて、Dr.STONE浪曲を鑑賞しないかと誘われたのだけれど、脳疲労があまりにひどかったので断った。

その代わりにしばらく文学の話などをしてそれぞれの部屋に帰った。

疲労の蓄積で希死念慮も頭をもたげてきてどうしようもなく頭が苦しい。

ようやくセロクエルが効いてきたかと思ったのだが、どうにも抗いがたい。セロクエルを飲んでいなかったらどうなっていただろうかと思うと少しばかり怖い。

3〜5月の時のような絶望の淵に叩き落されるまでには至らなかっただけ良かったと思いたい。

とはいえ刹那的な死にたさというのはいかんせん厄介で、短歌を詠んで発散できればいいのだけれど、そういうわけにもいかず、まったく視点をずらして創作にまつわるブログを書いてもなかなか消えない。

 

週末に病院を受診する予定なので、そこで双極性障害の疑いについてきちんと話をできればと思っている。

医師は否定するかもしれないし、そうすると余計に疑心暗鬼状態になってしまうだろうから、できればきちんとした形で診断を下して欲しいのだけども。

躁状態のエピソードはいくつか明確に持っているし、それを伝えられればいいなと思う。

もしも否定されたとしても、セロクエルを服薬しつづけたいという意思は伝えるつもりでいる。

ちなみにセロクエル双極性障害に適応されるということはこの本を読んで知った。 

もしも診断が降りたらまた読み返したい。

双極性障害だとすると、いよいよ就労は困難だろうし、プロ作家になるという夢もあきらめざるを得ないかもしれない。

それはそれで仕方のないことだと思っている。

30歳のうちの人生の大半を病気に振り回されつづけてきたけれど、たとえ双極性障害ではなくても、一生メンタルの病気と付き合っていかねばならないことは、他のメンタルの持病を鑑みても明白で、ならば生存戦略を自力で立てるしかない。

 

こればかりは他人任せにはできないし、自分の力と意思で決定をしなければ一生後悔することになる。

小説を書きたいという想いは強いけれど、プロという形に拘泥すると、自分の心身を余計に追いこむことになるのは目に見えている。

困難な生育環境もあって、小説を書くだけの必然性は持っているつもりだし、書きたいものもたくさんある。しかしそれを成し遂げるだけのバイタリティが著しく欠けている。

もちろん小説を書きつづけたいという想いは依然としてあるし、書くからにはプロを目指したいというのが本音だけども、夢のために人生を犠牲にすることはこれ以上は難しい。

中途半端に結果を出してしまってきたため、周囲からの期待もあるし、それを裏切ることは怖いけれど、最後は自分で決めなければならない。自分の人生なのだから。

 

どのみちこのまま創作をしていても、どこかで舵を切るべきタイミングが来ることは明らかで、それが今だったということなのだろう。

そういうわけで詩歌に舵を切りかけている。

詩歌でプロを目指すことは、ある意味小説よりもさらに困難だと云わざるを得ない。

私の詩は現代詩からほど遠いし、短歌もプロには遠く及ばないと自覚している。

それでも投稿を試みたいと思っている。

たとえそれで敗れたとしても、詩歌を作ることはこの10年にわたってつづけてきたことだから、今さらやめられない。KDPで歌集を作るつもりでいる。

詩集もまたいずれ編めるように、作品を書き溜めたい。

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