ANIRON

ひとりごと日記

2021.06.18 創作の悩みと詩歌と

ただただ虚無な一日だった。

小説のことをあれこれと考えては病みつかれていた。

先生がご多忙でプロットの返信がまだ来ないのに気を揉んでいるのはたしかだけれど、今焦ったところでどうしようもない。結果が出るのを待つしかない。

どうにも私は待つということが苦手で、あれこれと不安になってしまう。

ホラー小説を志すのか、あるいは時代ファンタジー小説に転換するかの瀬戸際にあるから、しばらくはこうして不安に駆られる日々がつづくのだろうなと思う。

とはいえこの9ヶ月あまり苦しめられてきたホラー小説を何とか克服したいという想いは強い。

もしプロットがうまくいかなかったとしたら、そのときは素直に時代ファンタジー小説に戻るつもりでいる。

いわばひとつの賭けに出ていると云っていい。

 

短歌も300首に到達したけれど、正直なところ日に日に自信を失いつつある。

どう考えてもプロの詠むものとはほど遠いところにあるし、この短歌が届く場所はそう多くないのかもしれない。

それでもこれまで300首詠みつづけてきたことは、間違いなく私の糧となっているから、せめて私だけは私の詠んだ歌を信じなくてはならないと思う。

何も信じられない状況の中でも、想いを詩歌に託し、あるいは詩歌に生かされてきたことだけはたしかだから、その想いを形にしたい。

だからたとえ賞には届かなかったとしても、私は私の為すべきことを精一杯やったのだと思いたい。

そうはいっても自信を喪失しているのは間違いないので、鬱を詠んだ療養短歌を注文した。

歌集 鬱の壺

 図書館で出会ったもので、まだ手元に届かずに読めていないのだが、この歌集を参考にしながら選歌をしていきたい。

現在のところ100首余りから約70首に絞った。

さらに50首に絞らなければならないが、この作業にはどうしてもプロのお手本が欲しい。

そういう意味でも意義深い買い物になったと思っている。

 

また俳句四季新人賞に落選した俳句もカクヨムと、詩歌のDiscordにUPした。

kakuyomu.jp

俳句は本当に難しいなと思う。少なくとも私の志す句風は、俳壇にはそぐわないものなのかもしれないし、それは短歌にしても同じことなのだろう。

同人で細々と句集を編み、歌集を作るというのがやはり適しているのかもしれない。

好きか嫌いかという評価だけで判断されることに少々疲れを感じているので、できればきちんとした形で評価をされたいと願ってしまう。

しかしその範疇でしか語ることができないものを作っている他ならぬ私自身に非があるのだろうし、いかにも実力がないと云われればそれまでなのだろう。

Twitterに戻らざるを得なかったのは、少なくとも私の作品を好きだと評価してくださる方々がおられるからなのだけれど、いずれにせよ俳壇も歌壇もあまりに遠い存在でしかないのかもしれない。 

 

今日はまともに動けないまま一日が終わってしまった。

記事もほとんど書けなかったし、食欲もなくてきちんとした食事を摂れなかった。

そういうつらい中にあってなお、詩歌は私の友でありつづけていると実感したのが、今日届いた石倉和香子訳『リルケ詩集』だった。 

 

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リルケの詩に触れるのはこれが初めてだったのだが、夜の静寂と孤独に寄り添ってくれる内容で、今まさに私が欲していた内容の詩集だった。

リルケの詩の数々は古典らしい佇まいと詩情を感じさせて、疲れきった心に深く染みわたった。

日香里さんの手がける挿絵も美しく、モノとして手に入れたいと思っていただけに、こうして手元に迎えられて本当に良かったと思う。

 できればまとまった形でリルケの詩を読みたいので、こちらもぜひ買いたい。

病みつかれてなおこうして創作が私の傍らにいてくれること、詩歌をはじめとする文芸作品が私に寄り添ってくれることに深く感謝したい。

創作で傷つくこともあるし、疲れてしまうこともあるけれど、それでもやはりどうしても私は創作をやめられない人間なのだろうし、そうして作りつづけた先に希望の光を少しでも見出すことができればと願っている。

 

それから強い希死念慮に苛まれて詩を書いた。

kakuyomu.jp

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ここのところどうにも弱っていて詩を友とするより他に仕方がない。

その切実さがいくらかでも詩に反映されていることを祈る。