ANIRON

ひとりごと日記

2021.07.04 病める日の次なる目標

病める一日だった。

といってもメンタルが不調なのか、フィジカルが不調なのかよくわからない。

頭痛がするのでロキソニンを飲み、微妙に悪寒やだるさ、なんとも云えない気分の悪さなどもあって、身動きが取れなくなった。

熱を測ると36.7℃程度で、コロナの心配はないと思いたい。

体調が悪いときでもブログを書き続けられる人間なので、これにはさすがに参ってしまった。

時々こういうことがあって、そのたびに動けなくなってしまう。

特に夏場はこうした体調不良が毎年つづくので、今年もやってきたかと思う。

25歳を過ぎた辺りから毎夏体調が一段と悪くなる。やむなく眠るしかない。

そうして16時ごろまで布団に臥せっていた。短歌の一首も詠めればいいのにと思うのだが、あいにくとその気力もなかった。昨夜のうちに5首詠んでおいてよかった。

 

そうして16時ごろ起きて、食欲はなかったのだけれど、何かしら口にした方がいいだろうと思い立って、ブロッコリーとウインナー、卵のコンソメスープを作ってパンとともにいただいた。

f:id:aniron:20210704181716j:plain

昨日買った白山陶器の器をさっそく使ってみたが、合わせやすく使い勝手が良くて買って良かったと思う。

 

f:id:aniron:20210704181727j:plain

それからルピシアアフタヌーンティーでお茶をしつつ、石倉和香子編訳『リルケ詩集』を再読した。

病みつかれて再読。

“わたしはこの生を 事物のうえに描かれる
拡がりゆく輪のなかで 生きている
最後の輪を 描き遂げることはかなわぬだろう
それでも 試みをつづけてゆく”
──リルケ「輪」石倉和香子編訳

という箇所が心に残った。
自分と創作という問題に関連づけて読んだとき、その切実さはいっそう光を増した気がする。
私もまた創作上の試みをつづけていきたいと願っている。たとえ輪を描くことそのものに拒まれてしまったとしても。

小説を書けなくなってしまって、詩歌にシフトチェンジしようと思ってはいるものの、その内容はまだまだ拙いと感じる日々がつづいている。

実は昨日とあることがあって、それから意気消沈している。

同人で活動するにはやはり限界があるのだろうと思うし、今は消耗しきっていて、あまり煩わされないところで活動をしたい。

そういう点ではやはりKDPは理に叶っているのだろうし、今一度自分の創作活動のスtナンスを考え直す必要がある。

詩を書く意欲も、短歌を作る意欲も今は盛んなので、その中で何ができるのか考えたい。

 

投稿をするのもひとつの手なのだろう。

以前とある詩人の方のブログを拝見したところによれば、一年ほど時間をかけて毎月複数の雑誌に投稿をつづけておられたということなので、私もこの先一、二年ほどの時間をかけて詩を投稿してみたい。

私の詩は現代詩とは云いがたい部類なのかもしれないけれど、それでも一度は投稿したいという想いはかねてからあって、行動に移さねば一生後悔しそうな気がする。

それで芽が出るかどうかは分からない。

それでも試したいという想いが今は強い。

好きな詩誌は現代詩手帖なので、まずはそちらへの投稿を考えたい。

そのためにも日々詩を書き溜める必要があるし、今は公開してばかりいるけれど、いったん公開するのをやめて、自分の中で書き溜めて、その中から良いと思った一作を投じたい。

結果は二の次として、とにかくコンスタントに詩を書き、そして投稿することを念頭に置いておきたいし、いずれ第三詩集を編むおりには投稿作も加えたい。

そういう目標を定めておかないと、本当に崩れ落ちてしまいそうな心身を抱えている。

 

短歌も投稿をしてみたい。

短歌を通じて人とつながりたいという想いもあるけれど、ひとりで黙々と詠むのが好きなので、そういう点ではひたすら詠みためて投稿をするというのは理に叶っているのかもしれない。

できればWEBではなく、紙媒体に投稿したり、賞に投稿したいという気持ちが強いので、そこはできるだけ重視したい。

投稿をして結果次第ではまた折本を作ってもいいし、あるいはKDPで歌集を編んでも良い。

とにかくできるだけ自分にとって負担にならない創作のあり方を模索したい。