ANIRON

ひとりごと日記

2021.07.17  懺悔

今日もギリギリな一日だった。

あまりにも耐えがたいので掌編を書いた。

黒真珠国

ゲートキーパーがいたらいいね、私はひとりきり、海辺へ歩いて漁師に大丈夫かと訊かれてからちっとも変わっていない。入水できたらいいね、一歩踏み出す勇気があったらよかったね、その足取りがあまりにも重くて、海岸に立ち尽くして打ち寄せる波をずっと眺めていた。いつの日か、満潮の海に取り残されたこともあったね、竜宮城はすぐそこだったのかもしれない。海の底にあるという都で双六遊びをしてすごそうよ、花嫁にはなれない。あらゆる男という男たちを海月に変えて、残された女たち、女と男の狭間にあるものたちで暮らそうよ。珊瑚の冠、真珠の首飾りで着飾って、裸身にまとって踊ろうよ。夜も更けて月も傾き、やがてすべてのものが眠りにつくころ、私を抱いて、私に抱かれた女たちの雫だけで作ったヴェールを纏って、ひとりひとりの経血の血潮に染めて、この都の旗として、ゆらめく布に黒真珠を刺繍して、花の都にまさる国をつくろうよ。やがて滅びるまで交歓しつづけて、私たちの亡骸をサケビクニンが食べ尽すまで、書物に記して忘れないでいてね。

kakuyomu.jp

昨日、厚生労働省ゲートキーパーの広報記事を読んでからずっと調子が悪い。

私にはゲートキーパーなんていないし、相談窓口で他に相談できる人はいませんか? と云われたことも相まって、余計につらくなる。

PTSDの病状が重くて人間不信に陥り、信じられるのはただ自分だけという時間が長くつづいた。

主人のことは信頼しているけれど、だからこそ主人に迷惑をかけたり負担をかけたりしたくはない。

親は毒親で頼れないし、友人もいないし、今はTwitterがかろうじてセーフティーネットになっている。

そうして何らかの形でゆるい連帯を持っておかないと、本当に一歩を踏み越えてしまいかねない。

 

家事はここのところコンスタントにこなしているし、それで自己肯定感が少しは上がるだろうと思っていたのだけれど、どうにもうつが重いらしくなんら肯定感につながらない。

早寝をすると翌日の日中に強い抑うつに苛まれてしまう。

そのことは医師に伝えたのだけれど、うまく理解してもらえなかった。早寝した方が良いというのが私の周囲のあらゆる人の意見だ。

それでも私としては徹夜をした翌日の方が気分が良い。

その代わり徹夜をしている間は夜の奈落に引きずり落とされて、ひたすら死を見つめることになるのだけれど。

 

いずれにせよこの抑うつからはどうにも逃れられないらしい。

耐えがたい日々が延々とつづくことに倦んでいる。世の中の状況も、体調も、何もかもが悪い状態が持続している。

健康診断も受けねばならないし、アレルギーで食べられなかったメロンのお礼状も出さねばならないし、内科も受診しなくてはならないし、月詠も出さねばならないし、とにかく用事ばかりが溜まって私に迫ってくる。

何もかもを放り出して泣きたい。

 

夕方、主人が買い出しから戻ってきたのでリビングへ行って、鬱々としていると、好きな曲をかけてと云うので、沙耶の唄を聴いてひとしきり泣いた。

沙耶の唄

沙耶の唄

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愛があまりにも遠い。

カトリックに心を寄せたいと思うけれど、そうすると罪の意識ばかり抱いてしまう。

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神の恩寵としての愛があまりにも遠すぎて、私には与えられる資格などないと思ってしまう。早急にキリスト教関連書籍を読むべきなのかもしれない。

聖像を飾って聖歌を聴いても、やはり恩寵はあまりに遠い。

聖テレーズの胸像を眺めているといくらか心が安らぐのがありがたいところではあるけれど。

今読みたいのは『トーマの心臓』で、もう何度か読み返しているけれど、今読んだら全く違う感想を抱くことになりそうだ。 

 さっそくこのあと読みたい。

100分de名著の萩尾望都特集も気になっている。

こちらもいずれ入手して読みたい。

 

それから主人が夏野菜のパスタを作ってくれていただいて、食後に主人が買ってきてくれた抹茶アイスと、作っておいたルピシアの白桃アイスティーをいただいた。

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こんな私のためにこんなに素敵な昼食を作ってくれて、もったいなくてまた泣きそうになってしまった。

自己肯定感どころか防御力がゼロになってしまっている。

できれば近日中に内科を受診し、心療内科にも電話をかけたい。

 

それから食後にふたりで動画を観た。

私が見せたのは、昨日も貼ったBANANA FISH24話の予告だった。

www.youtube.com

 

 「円盤も欲しいんだよね」と話すと、主人は「もはや雨伽さんのバイブルになっているね」と云う。

実は昨夜、私の事情をあまり知らない主人から、家庭環境が原因で売春をせざるを得なかった女性の話を聞き、そこから余計に抑うつがひどくなったのだった。

主人には全く悪気がないのは分かっていたから、胃腸の調子が悪いのを理由にリビングから自室へ帰った。

 

私も実母との仲が険悪になり、故郷を追い出されるようにして上京して間もない頃、誰一人として頼れる人のいない都会で出会った男性と性的な関係を持った。

売春ではなかったけれど、当時ネットを通じて付き合っていた人がいたし、彼を傷つけてしまったことは悔やんでも悔やみきれない。この罪は晴れないと思う。

それでもリアルで人とつながらなければ、当時の私は生きていけなかったし、実際に電気コードで何度も自分の首を絞めたり、電車に飛び込む自分の姿を何度も幻視した。

他に誰も助けてはくれなかったし、今にして思えばその人がいなかったら私はとっくに死んでいたと思う。

私もその人も発達障害者で、肉体を通じてしかコミュニケーションが取れなかった。

そのまま関係は二年ほどつづいたけれど、セックスをするたびに自分が死んでいくような感覚を味わっていたのを今でも強く覚えている。死ぬためにセックスをしていた。

その人なりに愛情をかけてくれていることは分かってはいたし、その人は行為を通じて愛情を抱いていたみたいなのだけれど、私の心は死んだまま、やがて別れて今の主人と出会った。

それからはまっとうに生きているつもりだけれど、それでもどうしようもない日々ばかりこうしてつづいている。

そういうことがあって、アッシュと自分自身とを重ね合わせる部分は少なからずあるのかもしれない。

昨日、こういうことを日記に書きたかったのだけれど、希死念慮が強すぎて書けなかった。

今だってこんなことを書いていいのか、正直分からない。

ただそれから10年経ってみて、じわじわと「こんな自分が幸せになっていいはずがない」という想いばかりが強まっている。

生きるためには仕方がなかったのかもしれないけれど、私は罪を犯したことに変わりはない。この場で懺悔してもどうしようもないのかもしれないけれど、ここに書き留めておく。