ANIRON

ひとりごと日記

2021.08.16 #2 文化相対主義と沖縄と

 ここのところ思想が先鋭化している傾向は自覚しているため、ためしにTwitter保守系のアカウントをフォローしてみたのだが、純然たる差別主義とはやはり相容れないなと思う。

保守という思想が潜在的に差別を内包していることはおそらく疑いようのないことだし、私とて男女差別に加担していると云われればそれまでなのかもしれない。

しかし優生思想はどう考えても肯定しがたいし、私は親中派でアジア圏の国々をおおむね肯定的に捉えている。

それは儒教的思想によって西洋思想とは異なる文化を持つためで、日本至上主義というよりは東アジア主義とも云うべき思想なのかもしれないと気づく。

もともと大学で学んできたことはアジア主義的な歴史観でもあったし、必ずしも私の思想は保守思想と完全に一致するものでもないのかもしれない。

だからこそ儒教的価値観を破壊する帝国主義的なフェミニズムや、ポリティカル・コレクトネスには意を唱えているというのが今のところのスタンスで、それは必ずしも差別的な意識に端を発したものではないことは書いておきたい。

 

それから主人と夜の散歩に出かけた。

最寄りの公園には秋虫が涼やかに鳴いていて、今年も一番好きな時期がやってきたことをうれしく思う。

荷風は秋虫の声もやがてなくなってしまうのではと危惧していたが、幸いにもまだこの国には秋虫の音色が響いている。

四季も今ではすっかり形を失ってしまいつつあるけれど、それでも季節折々の風情を楽しみたいものだ。

それから帰宅して夕食を摂って、食後に主人の好きなルピシアダージリン1stフラッシュとともに、北海道チーズケーキをいただいた。

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その途中で白い砂のアクアトープを観はじめた。

ここのところ沖縄・奄美世界自然遺産登録もあり、また個人的にCoccoを毎日のように愛聴して沖縄にはあこがれがあって想いを馳せることが多かっただけにタイムリーだった。

 かつて外間守善『沖縄の歴史と文化』を読んだこともあったし、民俗学をかじっていたので、キムジナーや聞得大君ノロなど、興味関心を抱くものがさまざまにあるのが沖縄という土地で、まだ行ったことはないのだけれど、魅力が尽きない場所だと思う。

むろん現代までつづく差別意識の問題は深刻でもあるし、沖縄の基地負担の問題などは現在に至るまで課題として残されている。

私は基本的に文化相対主義の立場を取るので、沖縄が未だに日本の捨て石扱いされているということには強い懸念を抱いている。これに関しては保守というより左派の思想の方がより近い。

沖縄の海の保全の問題もある。環境保全の重要性はやはり無視できないもので、今回の世界自然遺産登録がナショナリズムの称揚だけにとどまらず、現実的な環境保護の糸口につながればいいのだが、この辺りのことはまだまだ不勉強なので大したことは書けない。

そもそも沖縄は他文化圏として尊重すべきだというのが今のところの私の考えであって、その観点から鑑みても、保守の単一民族幻想とは相容れない。

夜に「日本人は日本人というだけで価値がある」という保守系アカウントのツイートを見かけたけれど、これはいかにも危うい単一民族思想で、日本にはアイヌの文化もあり、琉球の文化もある。それらを尊重して守りながら共存の道を図るというのが理想的なのだろう。

 

そういうことを考えながら観ていたのだけれど、アイドルという夢にやぶれたヒロイン・風花が「私も頑張ったんだけど、頑張るだけじゃだめだった」という趣旨の台詞をつぶやくシーンから涙が止まらず、ぼろぼろ泣きながら観た。

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かつてカクヨムWEB短編小説コンテストで最終候補に残ったものの、そこからさまざまな経緯や体調不良が重なって、小説が書けなくなってしまった自分自身に重ねてしまうところが大きく、泣かずにはいられなかった。

今は詩歌に転換しようと励んでいるところだけれど、それでも忸怩たる想いが厳然としてある。

evie-11.hatenablog.com

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すっぱり割り切れているわけではないし、また小説を書けるように手を打たねばならないとも思う。

それでも体調がこの十年で慢性的に悪化している以上、ふたたび小説を書ける日が来るとは到底思えず、心苦しい日々を送っている。

未来にまったく希望を抱けないまま、Cocco風に云えば飛べないまま、倒れたまま、それでも歩いて行くしかないのだろう。