ANIRON

ひとりごと日記

2021.08.22 結婚によるアイデンティティクライシスからの再起

evie-11.hatenablog.com

ココア共和国という詩の雑誌に佳作で自作の詩を選んでいただけて、家族と義実家のLINEに報告し、その感謝を神棚にお詣りしてお伝えした。

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うれしいときも、つらいときもこうして月読命がそばにいてくださることが本当にありがたい。

精神的にもここのところ安定してきたし、結局のところ私にとって危機的な状況に陥った経験というものは、アイデンティティの危機体験そのものに他ならなかったのだと思う。

18歳の頃に母との関係が悪化して自殺未遂をしたことは書いたけれど、結婚してからはだんだんと心細さが増すことが多く、よりどころがないと感じることも多々あった。

そういう時に神棚をお迎えして日々お祈りする中で、ふるさとを思い、出身地の長崎に思いを馳せて安泰を願うとき、たしかに故郷とつながっていることを感じるし、神道の祖霊信仰が私にとって亡き父方の祖父母に思いを寄せるよすがとなっている。

そういう点で神棚をお迎えして良かったと心から思っているし、あとは榊をお迎えして配置したい。

 

 

昼頃、実父と話した。

そこで神棚の写真を送ったことから、父は関心を持ったようで、どこで購入したかということなどを話した。

私はあまりにも仰々しい神棚よりも、部屋になじむスタイルがいいなと感じたこともあって、神具を専門に扱うやまこうというお店のものをお迎えした。

かねてから家族からお守りをもらったり、自ら神社で拝領することも多く、それをお祀りする場が欲しいとも考えていた。

そういうこともあってこのお宮を選んだのだけれど、シンプルで美しいデザインは部屋とも調和するし、本当にお迎えして良かったと思う。

私の住んでいる地域には手近なところに神社がなく、あれば日々参拝するのだけれど、そういうわけにもいかないので、こうして神棚があれば毎日お詣りできるし、そうしてメンタルの状態もいくらか安定してきた。

 

もともと卒論で記紀神話を扱っていたこともあって、主人にも義父にも私のアイデンティティ神道であることは認めてもらっていたところだったので、結局立ち返るべきところにアイデンティティが戻ってきたのだなと思う。

そうして私のアイデンティティクライシスと呼ぶべき危機は一端収まったと云っていい。

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私の場合、まだ30代序盤だし、ミッドライフクライシスというよりは、結婚を機にそれまでの実家という共同体を離れたことでアイデンティティが著しく揺らいでしまったという側面がある。

それは主人が悪いというわけではなくて、あくまでも自分の置かれた環境の変化に耐えられなかったということなのだけれど、ここにきて保守思想と神道というふたつのアイデンティティに拠ることで、いくらか精神の安定を得ることができたということは意義が大きい。

 

より学びを深めていきたいと思い、今日は瓜生中『よくわかる山岳信仰』と芳賀日出男『神さまたちの季節』を読み進めた。このうち前者は読み終えた。

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学術書というよりは学術エッセイという趣で、あちらこちらに話が飛んだり時代が飛ぶので、あくまでも一般書として読むのが良いのだろう。
学生時代の良い復習になったし、明治政府による神仏分離令廃仏毀釈の影響によってそれまで祀られていた無名の神々が、記紀の神々に置き換えられたことで、神殺しが起きたということは重く受け止めねばならない歴史的事実だと考える。
また私度僧については学生時代に学んだけども、彼らの一部が修験道の山伏となっていったことなどは初めて知った。
とはいえ全体的に妥当性に疑問を感じるところも多々あり、さらなる批判が必要な本だと考える。
引き続き神道を学ぶとともに、民俗学も併せて学んで、より広い視点から日本の信仰の古層に迫りたいという気持ちが高まった。

 

芳賀日出男『神さまたちの季節』はまだ途中だが、興味をそそられるままに半分ほど読み進めた。

 現代ではもはや変容してしまいつつある村社会の地縁やしきたりが、制約を受けながらも守られる、共同体の中に生きる若者という構図を生み出してきたのだなということを実感する。

私自身もそうだけれど、個人主義の現代を生きる若者で、アイデンティティやよりどころを持ち得ずに自殺の危機にまで追いこまれる人は少なからずいるのかもしれない。

むろん共同体に生きるということは必ずしも良い側面ばかりとは云えないかもしれないけれど、それでも根無し草のように自由ばかりを求めて生きていては、やがてアイデンティティの危機を迎えることになる。

ただでさえ非婚化が進み、独身を良しとする風潮が強くなってきた今、この問題は決して看過できないものであると思う。

すべての人間が結婚すればいいと云うわけではないけれど、結婚はコスパが悪いとか、付き合うのは面倒だとか語る若者は多いと本で読んだことがある。

他人と協調するのはめんどくさい、自分のわがままだけを通したいというのは、教育のあり方にも問題があったのではないのだろうか。複合的・総合的な問題であって、責任のすべてを彼らにだけ押しつけることはできないけれど、 結婚するかどうかで迷っているのであれば、やはり結婚はした方が良いと説く本を挙げておく。

結婚というのは、それまで30年、40年違う生活をしてきた人間が、ともにひとつ屋根の下で暮らすことです。ですから、考え方や生活スタイルが違って当然です。結婚生活を送るには努力がひつようなんです。

(…)

ひとりのほうがラクだから結婚はしない、なんて自分の人生を決めるのはもったいないです。人と交わると、もちろん傷つくこともあります。でも、気遣いを通して人は成長するんです。それを一番実践できるのが、結婚なのです。

──pp112-113

この本は私のバイブルで折に触れて読み返しているけれど、再読して改めて自分のあり方を問い直したいと思う。