ANIRON

ひとりごと日記

2021.09.23-24 ケンスケ×アスカの必然性

結婚式後の燃え尽き症候群が出たらしく、一日中不調だった。

それでも食事はきちんと摂れたし、夜更かししたにせよ、眠りにもあまり問題はなかったので良しとすべきなのかもしれない。

また別途こちらのブログに書くつもりでいるけれど、トリテンリックスの不調のせいか、かゆみが首からデコルテにかけての部分に出てしまい、赤みも出ているので、服用を見合わせねばならないと思う。

さらにここのところ月経期間が間近ということもあってか、情緒不安定気味なので、抑肝散の服用を再開したい。

 

休日ではあったものの、主人は自室でアニメ鑑賞に夢中になっていたので、多くの時間をひとりで過ごした。

うつになるとどうにもひとりの時間の過ごし方が下手になり、どう過ごせばいいのか分からなくなる。

意欲も落ちているし、興味の幅もすこぶる狭くなっていて、読書意欲もなかなか戻らない。

今年はほぼ一年を通じて調子が悪かったけれど、それでも本を月15冊は読んできた。

しかし今月は数えるばかりしか読めていない。そのことにも焦りを感じるし、さらに焦れば焦るほど読めなくなる。

短歌も少し飽きてしまってここのところ詠めていないし、詩も結婚式でバタバタしていて書けずじまいになっていた。

夜、一編詩を書いたけれども、なかなか思うような出来にならないで、少し凹んだ。

 

Twitterをやめたことで創作意欲が鈍っているのだろうかという想いが頭をもたげるけれど、他人を意識して書きつづけることに疲れている。PTSDの再燃など、さまざまな経緯があって、今は創作を通じて人とつながりたいとは思えない。

とにかく今は傷を癒したいという想いだけだ。

創作をつづけることは、私にとって生きる意味に直結する至上命題でもあるので、ここでやめるわけにはどうしてもいかない。

たとえまだ小説を書けなくても、詩を書きつづけること、短歌を詠みつづけることは、この先生き延びる上で大きな糧となってくれるだろう。

 

24日、メールチェックをしていたら、義父さまから式の前日にメールをいただいたのをすっかり見落としていて、あわてて返信をお送りした。

私たち夫婦をアスカとケンスケになぞらえてくださって、改めてシンエヴァを観て良かったと思った。

私はテレビシリーズは綾波派だったのだけれど、自分自身を振り返ってみると母との間に根深い問題を抱えていたり、メンがヘラっていたり、やたらとプライドが高かったりと、どちらかというとアスカの方がより近しい存在なのかもしれないと今では思う。

そのアスカがケンスケと結ばれたことは、アスカにとっての父親の不在をケンスケが埋めてくれたということに他ならないのだろうし、私にとって父親という存在は、ほとんど空白に近しい存在だった。

それまで院進を勧めてくれていた父が、母の反対であっさり折れて、私の院進が叶わなくなったことは未だに禍根として残っているし、体調上の問題はあったにせよ、未だに院進していればと何度思ってきたか分からない。

義父さまも院進を応援してくださっていたので、きっと私と同じかそれ以上に残念に思われたことだろうと思っている。

むろん九州から東京の大学まで出してくれた両親には感謝しているけれど、それでも初めは院進を前提にということだったので、当時のショックは今でも時々思い出す。

そういう点で私にとって父は限りなく不在に近しい存在だったと云っていい。

義父さまは主人を「ケンスケ風なところがある」とおっしゃって、「頼りにしていい」とお言葉を添えてくださった。

そういう意味でケンスケとアスカが結ばれたことは、私にとってかなり大きな意味を持っているし、その必然性も今は痛いほど身にしみてわかる。

そうして義父さまが気持ちに寄り添ってくださったことが何よりもうれしく、ありがたかった。

もう少しちゃんと背筋を伸ばして前に進んでいきたい。