ANIRON

ひとりごと日記

2021.10.24. PTSD再燃の要因として考えうること

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この記事を書いたあと、気が引けたのだけれど主人に連絡をして、ひとしきり話を聞いてもらった。

しかし眠ってみるとPTSD関連の悪夢を見たし、起きてからも絶不調でまともに動けず、主治医にかつて提案されていた行動療法を試すことにした。

とにかく外出したり家事をしたりして、体の外側からアプローチすることでしか、PTSDの症状は軽減できないと以前云われていたのだ。

父に付き添って買い物へ行き、食材を買ったのだけれど、仕事から帰宅した母がその内容に烈火のごとく怒って、東京の家では考えられないような大音量での騒動となった。

 

高校時代に診断不能精神疾患を発症し、それから12年メンタルを患ってきて、その原因がこの機能不全な家庭にあることはまず間違いないのだろうとようやく気づいた。

かつて担当してもらっていた医師からはACであることを否定されていたけれど、母が持病の偏頭痛で寝込んでいる時には肩を揉む担当だったし、帰省した今も変わらずに揉んでいる。

母はこちらの都合や体調などを鑑みずに、自分のことを最優先にして催促をするので、その度に付き合わねばならない。「私も今は調子が悪くて」と云うとあからさまに不機嫌になり、そればかりか大音声で叱り飛ばされる。

要するに私はACのうちナースに該当する典型的なACで、そうしてこの実家という環境が自分にとって安心できる場ではないという脳の認識から、PTSDが再燃したと考えるのが妥当なのだろうと思う。

毒親や親ガチャといった言葉は慎重に使わねばならないし、あるいは使うことが適切でないと思うこともあったけれども、帰省をしてみて、完全に実家が機能不全家庭だということが火をみるよりも明らかになった。

 

帰省をしてからなかなか本が読めないことも、結局のところ脳がこの環境を安全だと認識していないからであって、少なからず身の危険を感じながら本を読むことは、たとえどんなに優れた知性を持つ人間であったとしても難しいのではないかと思う。

だから今は本が読めなくても、これまでのように「環境を云い訳にしてはいけない」と自責の念を抱くことはやめておこうと思うに至った。

今は非常時で、自分の身の安全を確保できない状態にあると評価した方が妥当なのかもしれない。

 

主治医に療養のために帰省することを止められた段階で、やはり素直に聞いていれば良かったと思う。

ドクターストップとして重く受け止めるべきだという主人の主張がある一方で、結局その判断に至らなかったということは、私自身にも責任があったし、主人にも同等にあったのだと思う。帰省をためらっていた私の背中を押したのは主人でもあった。

主治医にしてみれば「云わんこっちゃない」ということだと思うけれど、ひとまず相談できるタイミングを見計らって話をして、PTSDの再燃という判断をいただければ、その時点で帰京することを視野に入れたい。

PTSDが再燃したとなると、最低でも一ヶ月は苦しい症状がつづくことになるので、せいぜい生き延びることだけを最優先にしなければならない。

この実家のマンションから飛び降り自殺未遂をしたことがあったのも、どうにもよろしくない影響をもたらしている気がするし、こうして書いてみるとよくもまあ帰省する気になったものだと思う。

主治医には「修道院に入るようなものですよ」と軽口を叩いて出立したのだけれど、実際には修道院のように心が清らかなシスターたちに囲まれるのではなく、機能不全で起きてから眠るまで騒音が鳴りつづける施設に放り込まれたのだった。

結局のところ自分で選んだことだ、自分で責任を取るしかないというのはもっともだけれど、私は最後の最後まで出発をためらい、何度も飛行機をキャンセルしようとしたので、その時の不安感をもっと大事にしていれば良かったのだと思う。

自分の不調をないがしろにして周囲の意見に流されてしまうことがこれまでに何度もあって、結局自分の首を絞める結果に至るのだが、まるで学習しないなとつくづく思う。

もう少し自分を大切にする術も身につけたい。