ANIRON

ひとりごと日記

2021.10.25 家内安全第一

実家に帰省してちょうど20日が経ち、この間さまざまなことを考えていたのだけれど、一つだけ云えることは、療養のための帰省でありながらも、気が休まる暇がなかったということだ。

母がいる間は母の機嫌を取らなければならないし、いないならいないで、何か自分がしでかして母に叱り飛ばされるのではないかという不安がつきまとう。

この家にいると絶えず監視されているような恐怖感がついて離れない。

 

しかしそれは何も私に限った話ではないようで、父の様子を見ていると、父が料理をしながら冗談まじりに母に叱られることを恐れるそぶりを見せたり、両親が些末なことで大音量での喧嘩をした際には、父はいたく傷ついていた様子だった。しかしそれを母はいつものこととして見なし、父を労るような言葉はひとつもなかった。

要するに夫婦関係が歪な状態にあり、その影響をモロに私が被ってきたのだなと思う。

父は私にとって、たとえばエヴァンゲリオンのアスカがそうであったように、絶えず不在の存在だった。私にとって脅威となるのはただ母ひとりであり、父の存在は全く見えないまま育った。

しかし父もまた大いに傷ついてきたのだ。そしてその傷は今もなお新たなものとなっている。

思春期以来、私だけが母の被害者なのだと思ってきたのだけれど、父もまた被害者だったのだと、結婚した今はよくわかる。

せめてもう少し父を労る時間を設けなければという思いにもなるが、父は長年のそうした疲労が溜まってのことなのか、仕事上のストレスや、60代という年齢もあるせいか、どんどん気力を失っているように見える。

 

以前、主治医に母のことを相談したときに、母もまたそうした祖母に育てられたのだろうと云われた。

むろんそうした遺伝的な要素もあるにはあるのだろうが、それ以上に夫婦関係を歪な形でしか構築できなかったところに最大の問題があるのだとようやく分かった。

たとえどんなに豪勢な食事を共にし、あるいは良質な家具に囲まれた高層マンションの最上階に暮らしていても、夫婦仲が正常な状態ではないと、こんなにも恵まれない環境になってしまうのだなとつくづく思う。

 

私自身は主人とはほとんど喧嘩をすることはないし、主人との仲は良好で、ふたりとも決して経済的に恵まれているわけではないけれど、穏やかで静かな暮らしを営んでいる。

昔、母が喧嘩をした際に「静かに暮らしたい」と云っていたけれど、その暮らしはおそらく彼女が一生手に入れられないものなのだろう。彼女自身の手で静けさや穏やかな生活を破壊しつづけているのだから、どうすることもできない。

そうしたことを考えていて、ようやくこの両親にも同情すべき余地があったのだなと気づいた。母はともかくとして、父の苦労は並大抵のものではなかったはずだ。

そうして今は幾分か気持ちの整理がついたものの、それでも今日私が作った鍋に対して怒号が飛んで来るかもしれないし、あるいは買い物の値段を細かくチェックされて叱り飛ばされるかもしれない。現に鍋を煮込んでいる間、何度も心因性てんかん発作の発作が出た。

とにかくあと約二週間、なんとか耐え忍びたい。