ANIRON

ひとりごと日記

2021.10.28 再び受診しました

主治医の休診日だったので、きちんと対応してもらえるか不安だったのだが、朝から抑うつ状態がひどく、涙が止まらない状況だったので、朝一番に病院に電話をして、別の担当医に対応していただけることになった。

それからまだ気が休まらなくて、ためらいながらも主人に昨夜のことを大まかに伝えたところ、帰京するようにと云われた。

私としても帰京を早めたいのだが、両親、特に境界性パーソナリティ障害を患っていると思しき母が聞き入れるとは思えず、その旨もその先生に伝えた。

すると状態が切迫しているようだから、即効性のある液体のリスパダールを処方するので、帰省先で受け取ってくださいとのことだった。

 

主治医は頑なに薬を変えようとせず、何度訴えても薬の変更・追加をしようとはしなかったので、別の先生からこんなに呆気なく処方してもらえるのなら、やはり病院を変えることを視野に入れた方がいいなと思う。

もちろん主治医には主治医の見立てや意向があってのことだと思うし、これ以上の減薬は無理だとはっきりと告げられているので、薬を増やしたくないという思いもあったのかもしれない。

しかし効かないものは効かないし、現にこの数日だけで何度も病院に連絡をしていて、それでもまた連絡してくださいとしか云わない主治医よりも、受診日の予約を前倒しして、できるだけ早く受診してくださいという今回の先生の方がよほど信頼できるなと感じた。

結局当初の帰京の予定日よりも早い11/1に予約が取れたのだけれど、そもそも帰京が叶えばこんなに気を揉まずに済むだけの話であって、やはり打診だけでもした方がいいのかもしれない。

 

しかし療養のための帰省であったはずなのに、ふるさとに帰った日以外は全く気が休まらず、何のための帰省だったのだろうという思いは日増しに募る一方だ。

毎日東京に帰りたいと思ってきたし、帰れる日をあと二週間、あと一週間とスケジュール帳を睨みながらぐるぐる考えるのにももう疲れた。

本を買うことが禁じられ、ゲームやアニメ、文学など、あらゆるフィクションを軽んじ排斥する家にあって、心休まる間はなかったし、kindleで本を読めた期間もあったけれど、体調を崩してからはそれも叶わず、そうして自分自身の心のケアができないことが大きな痛手となった。

 

母といると家族の誰もが終始母の機嫌を取る羽目になり、母はちょっとしたことで癇癪を起こしたり不機嫌になったりするので、その地雷をできるだけ踏まないように薄氷の上を歩いているという感覚がこの三週間ずっとつづいていた。

今後介護の問題が浮上したとしても、正直関わりたくはない。

今回の帰省がおそらく最後になるのだろうなという思いは初めからあったけれど、高校時代と、そして今と、自殺未遂に追い込まれたという現実はたしかなもので、間接的に母に殺されかけているようなものだとさえ思う。

そうしたことを訴えられる場がどこにもないので、ここに書き留めておきたい。