ANIRON

ひとりごと日記

2021.11.06 帰京しました

帰京した。

待ちわびていた帰京だったけれど、帰る直前に身近なところでゴタゴタが起きてしまい、実家の価値観を宗として育った身には耐えかねるものだったので、やはり実家を大事にせねばならないという思いを新たにしたし、私の保守思想はこれからも揺らぐことはないだろうと確信している。

帰省してみて思想はより強固に固まったし、実際に保守思想を重んじていなかったら、もっと大変な思いをしただろうということは目に見えてわかった。

それは実家に泊まりに来た伯父との語らいのひとときもそうだったし、故郷に帰ってみて、この場所を守らねばならないという思いを新たにしたことも、私にとっては思想を地に足つけたものとする糧となった。

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大変な思いもしたけれど、それでも前日の日記に書いたように、母が家事全般を担って私に療養に集中させてくれたことはきちんと受け止めねばならないし、父とふたりで出かけたかけがえのない時間も、私にとっては宝物だ。

そうして血の繋がった家族を誇りに思えることの方が、よほど大事なのではないかと思う。

昨日は一日にわたって境界性パーソナリティ障害由来と思しきヒステリーを起こしていた母を、本当に私は許せるのかと自問していたけれど、それでもどこかで許すしかないという思いは変わらない。

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そうしたタイミングでちょうど長崎のローカル局で放映されていた、遠藤周作の『影に対して』を巡るドキュメンタリーを観る機会に恵まれ、父との相克に深く苦悩しながらも、やがて彼を許すに至ったという内容に深く共感して、『影に対して』を注文した。

ハマスホイ展にはとうとう行けなかったけれど、ハマスホイが表紙を飾っているのがまた良い。

 

遠藤周作は心のどこかで敬遠していた節があったけれど、「生活と人生」をキーワードとして人生観を語るというところにも、今の自分の抱えている問題意識に共鳴するところがあった。

「生活と人生」とは、その日その日の生活を重んじる人間と、人生において高みを志す人間がいるという趣旨のことなのだが、私は「人生」を重んじる生き方をしたいと願いつづけて創作活動をやってきた。

しかしドキュメンタリーでも触れられていたように、「生活」を重んじることもまた人間にとっては必要で、そうした人々を安易に軽んじることは絶対に避けねばならないとここのところ思うことが増えてきた。

私には当たり前に会社に行って、当たり前に週五日七時間勤務をすることができない。

自分にできないことをごく当たり前に、あるいは持病を抱えながらも懸命にこなしている人々の話を、帰省先でたくさん母から聞いた。

その彼らの方が私よりもよほど尊い

 

伯父にも当たり前に働いている人よりもお前の方が才があってすごいと云われたけれど、そういうことはないのだ。私にはできないことを懸命に日々こなして、生活の中で必死に生きている人々のことを決して心から引き離したところで捉えまいと思う。

私は普通に働くだけの才がないし、体力も気力もないから、もっぱらこうして文章を書いたり、詩を書いたりしているけれど、それは大して褒められたことではないのだと思っている。

どちらかというと日陰者、はみ出し者という生き方だし、そうして名を成してやろうとする人々に苦しめられつづけてきたので、自分はそうはなりたくない。

そうした謙虚な気持ちを持ちつづけなければ、たとえ才能が開花して世に出ることになったとしても、全く甲斐のないことだと思う。

今回の帰省を通じて、人間として少しだけでも成長できていると良いなと願っている。