ANIRON

ひとりごと日記

2021.11.11 著しい消耗と詩と

ただひたすらに著しい疲労感に見舞われている。

早く楽になりたいと思っても死ぬことができない。やむなくリスパダール0.5mlを飲んだが、どうにも効かない。

仕方がないので眠ってやり過ごすことにして、起きてからもしばらくぼーっとしていたのだけれど、生きる気力も、自分自身の価値も全く見出せない。

そうしているうちに、瀬戸内寂聴さんが死去したというニュースが耳に入った。

99歳で天寿を全うしたというだけで、私にはあまりにも縁遠い世界の出来事のように思えてならない。

天寿がいつやってくるのか分からないけれど、生きる気力がないので、明日やってきたとしても受け入れるのだろうなと思う。とにかく楽になりたいという思いばかりが募る。

この一年、PTSDの再燃とうつの悪化で、ずっと苦しい思いをしてきて、その間救われがたい想いに囚われていた。

相談窓口に連絡するとか、病院に電話をかけることか、最低限できることもあるだろうに、その気力すら湧いてこない。

相談窓口では「11年も書いてきたのなら、詩を書くといいですよ」と話を打ち切られたし、病院は折り返しの電話を待つだけで時間ばかりが過ぎてゆく。

弱っている時に救いの手を差し伸べてくれるのは、ただ詩と睡眠だけだ。他には何もない。

この一年で辛酸を舐め尽くしたと思っているのだけれど、さらにここから事態が悪化するだろうという見通ししか立てられない。実家とのことも、周囲とのことも、自分自身だけで対処するには、もうとっくに限界を超えている。

だから周囲から強いプレッシャーをかけられつづけた小説を書くことに関して、ドクターストップをかけられたのだろうし、あるいは「実家から逃げてください」と云われたのだろう。医師にできることはそこまでで、そこから先は自分自身の対処次第ということになる。

小説はもうおそらく書けないだろう。自分自身だけの領域で小説を書いていたらこんなことにはならなかったのにという思いが募る。

詩はまだ自分自身の領域を保てる。他の誰かの領域に侵食されることもなければ、とやかく云われる筋合いもない。とにかく小説から離れなければ、そのうち切羽詰まってしまうかもしれない。今こうして書いている間も切羽詰まってはいるのだけれど。

消耗しきっても休める場などどこにもない。ただただ虚しさばかりが募る。