ANIRON

ひとりごと日記

2021.11.19 #1 実親と復縁した経緯

またまたこの日記がはてなブログの創作トピックに入っていたようです。

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お読みくださった方々、評価してくださった方々に厚く御礼申し上げます。

 

さて、実家と絶縁したという話のつづきなのだが、私には到底耐えうることではなかった。

義実家はともかく実家と疎遠になるということは、神道という信仰を持ち、保守思想を抱く身にはやはり耐えられないことだった。

思想に殉じ、信仰に殉じる覚悟で、実家とのLINEを繋ぎ直した。この先いよいよ耐えかねて自殺することになったとしても、私は神道に殉じ、保守思想に殉じて死ぬのだ。

神道に殉じて死ぬというのはこのご時世で全く理解し難いことだと思うけれども、信仰というものは本来そうした厳しさを持っているものなのだと思う。

これを読んでおられる方にとっては、なんともまあお笑い種だとしか思えないかもしれない。

しかし親を捨てるということは、ふるさとを捨て、そして育ての親である祖母を捨てるということに他ならない。そうして捨てた結果生きながらえるという道筋がどうしても私には見えない。

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ふるさとを捨てる/捨てないということは、関東圏の人間には全く理解のできないことだと思う。

私は出身地の長崎にいたので、東日本大震災で被災せず、そのなんとも云えない罪悪感はずっと感じていたのだけれど、それでも原発事故によって故郷を追われた人々の心中は想像するに余りある。

ふるさとを捨てて生きることなど、私には到底できそうにない。たとえ旧時代の人間と云われたとしても、ふるさとに根を張って生きていない人のことを私は全く理解できない。

ふるさとは人間にとって唯一無二のよりどころだと固く信じている。

それをこの日本という国にまで敷衍させるかどうか、それが私が保守思想を抱くかどうかの分かれ目であったけれど、結局のところふるさとの先にはこの国があり、ナショナリズム批判が説くようにそれがバーチャルなものだったとしても、ふるさとは依然としてそこにある。

ようやく手にした自分のアイデンティティをそう簡単に捨てることはできないし、それはそう簡単に揺らぐことはない。

それが今のところ私が出した答えであって、たとえ他者に何と云われようと、この考えだけは守り抜きたい。

 

義実家LINEから抜けたことに関しては、なんら良心の呵責を感じていない。

それだけの行いをされてきたと思っているし、これ以上深く関わるつもりもない。

一つだけ云えることは、これで創作の面では完全に自由になったということだけだ。

この一年、小説が書けずに苦しんできたのも、ひとえにこの義実家によるところが大きかったし、そこから離れていずれはもう一度小説と向き合える日が来ることを待ち望んでいる。

今は詩に専念したいという思いもあって、詩を書きつづけているけれど、本来小説を書くことには何の制約もないのだとようやく思えたし、たとえそれでプロ作家になれなかったとしても、義実家に認めてもらえなかったとしても、何ら私には関わりのないことなのだとようやく思い至った。

とにかく今はせいぜい詩作に励み、そして短歌を詠むことも再開したいと願っている。