ANIRON

ひとりごと日記

2021.11.24-25 親との絶縁問題で2日間ダウンしていました

二日間ダウンしていた。

理由はただ実家との絶縁問題にある。

プロのカウンセラーや医師から、親との距離を置いた方がいいとのアドバイスを受けて、LINEをブロックした途端に調子を崩した。

世の中では毒親からとにかく距離を置いて、絶縁すべしという論調があるけれど、彼ら彼女らがその責任を取ってくれるわけではない。

どのみちやがて親の死を目前にしたときに後悔することは目に見えているし、ふるさとと神道アイデンティティを置いている身には到底耐えられないのだ。

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実母は私の主治医から境界性パーソナリティ障害という見立てをもらっていて、まあ尋常な人ではないのだけれど、そういう人はとにかく「見捨てられるのが不安でならない」という性質を持っているという。

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この辺りのことはまだ本を読めていなくて勉強不足なのだが、追々学ばねばならない。

母のために自分の人生を犠牲にすることがいいことだとは思わないけれど、それでも人間はそう簡単に親を捨てられるものではないのだろうと思う。

そうして母と再びLINEをつなげて話したところ、祖父の様子が少し心配らしく、施設に入れられるかどうか、本人の意思によるところがなければ難しいだろうということだった。

私の育ての親の祖母は脳梗塞を患って、すでに施設に入っている。

ふるさとを偲ぶよすがとなっているのは、この祖父母の存在に他ならない。

そのことは幼少期に夢で見て強く実感したのだけれど、もはや現実の問題となりつつあることに胸が痛む。

滅びゆく一方の村のことを、なんとか書き留めておきたいと思い、これまで詩や小説にも書いてきたけれど、まだそれだけでは力が及ばないのかもしれない。

ふるさとを失って生きていくことなど、私には絶対にできない。私の信仰はあの場所でなければ培われなかったし、どんなに離れていてもふるさとを想わない日はない。

だからそれに免じて母のことも許す他ないのだと思う。その思いは結局のところこれまでもこれからも変わらないのだろう。

著しく傷つけられたし、主人にも累が及ぶシーンもあったけれど、同時に帰京する私のためにおにぎりを握ってくれたのもまた母で、友人の病気を患った親類のためにと、心を寄せて贈り物を送っていたのもまた母なのだ。

昔、出身地長崎で診てもらったカウンセラーに、母とのことは「言葉ではなく行為で判断しなさい」と云われたことがあった。

この言葉は未だに私の支えになっている。

親を許せないと思う場面は今後もたくさん出てくると思うし、その時々で本当に絶縁したいと思うのかもしれないけれど、これまで育ててもらった恩も、病気に対して理解してもらっている恩もある。

恩返しをしたいと思って結婚式を挙げたことを改めて思い起こして、心が折れそうなときにも支えにしたい。

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