ANIRON

ひとりごと日記

2021.12.03 波津彬子『幻妖能楽集』からはじまる書物の旅

ここのところめっきり読書欲が落ちていたのだけれど、波津彬子『幻妖能楽集』をようやく開封して読んだ。

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波津彬子さんの漫画はこれで二冊目。かねてから『鏡花夢幻』で魅せられていたこともあり、教科にゆかりが深い能楽がテーマということで手に取った。
「海人」は鏡花の海神別荘のようだなと思ったら、やはり影響関係があるとのことだった。ちなみに「羽衣」は天守物語へとつながっていくらしい。
他にも「定家」のエピソードが特に気に入ったので、定家卿と式子内親王の和歌を改めて読みたくなってしまった。
こうして一つの作品から無限の扉が開くのが文学の醍醐味だと感じる。
お能はしばらく生で観ていないけれど、こうして漫画で雰囲気を十二分に堪能できるのは、ひとえに波津先生の力量あってのことだと思う。

 

波津さんの漫画を読むのは『鏡花夢幻』につづいて二作目で、金沢で『鏡花夢幻』の原画展を観る機会に恵まれたこともあり、集めるようになった。

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『幻想綺帖』シリーズはまだ積んでいるのだけれど。

そうして『幻妖能楽集』の中でも特に惹かれた「定家」に釣られて、塚本邦雄『定家百首・雪月花』を読みはじめた。

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Twitterであまりにも持ち上げられすぎていて、そのディレッタンティズムにどうしても馴染めず、読まず嫌いをしていたのだけれど、塚本邦雄の評釈が塚本色一色で、読んでいるだけでわくわくしてくる。

塚本自身の詩はちょっと邪魔だなと思っていたのだけれど、意味を取る程度に力を借りることにして、定家の歌と塚本の評釈を楽しんでいる。

ここまで読んでみて好きな歌を引いておきたい。

花の香はかをるばかりを行方とて風よりつらき夕やみのそら

 

忘れじよ月もあはれと思ひ出でよわが身の後の行末のあき

 

わきかぬる夢のちぎりに似たるかな夕(ゆふべ)の空にまがふかげろふ

 

面影もわかれにかはる鐘の音にならひ悲しきしののめの空

 

駒とめて袖うちはらふかげもなしさののわたりの雪の夕ぐれ

 

さらに塚本邦雄

もともと詩歌とは、あり得ぬ世界を透視しようとする神聖詐術の別称であらうから。

※変換上の問題により旧字体新字体に直した

という箇所には痺れた。

しばらく本を読むことから離れていたのだけれど、こうして漫画を通じて定家と再会できたことは心から喜ばしいと感じているし、短歌を少しばかり詠んでいる身としては、やはり古典も読んでおくべきだという思いを新たにする。

私の今の歌風は新古今調というよりは万葉調だと思うので、できれば中西進『万葉の秀歌』も再読したい。

こちらは図書館で借りて読んで、すでに買って積んでいる。

それにしても本というものはどこでつながっているのかわからないから、積読本はあるに越したことはないなという思いを新たにした。

私は学生時代までは本を家に置くことを良しとしない家庭で育ったため、積読本を置いておくことに罪悪感を抱いていたのだけれど、こうして気になった本を買ったまま置いていると、どこで読むタイミングがやってくるかわからない。

本というものは可能性の塊なのだと改めて思うし、あらゆる本が自分という人間に向かって開かれていることを感じられてとても満たされた気持ちになった。

しばらくは本を読むこともなかなかできない日々が続くと思うけれども、それでも本も、そして音楽も常に自分に扉を開いてくれていることは忘れずにいたい。