ANIRON

ひとりごと日記

2021.12.21 詩人という業

またまた読書・創作トピックにお邪魔していました。

aniron.hatenablog.com

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お読みくださった皆様、評価してくださった皆様、ありがとうございます。

今後とも当ブログをよろしくお願いいたします。


まるで人生がダメになってしまった。

大金の額を全く見知らずの他人に誤送金してしまい、すぐに窓口で組戻し手続きをしたのだけれど、先方の相手が承諾しなければ、戻ってこないと念を押されて、せめてもう少しきちんと確認しておけば、現金を一旦引き出して振り込めばと、何度も悔やんだ。

人生における最大のミスといえば、スマホを家に忘れて、当時交際していた主人と駅で落ち合えず、ひとりで長野行きの新幹線に乗ってしまったことが挙げられるけれども、それを遥かに凌駕する出来事で、もはや言葉もない。

頭が真っ白になったまま帰宅して、主人に告げると、「誕生日に大ポカをやらかすなんて持ってるねぇ」とのんびりとした口調で云われて、「まあまあ、戻ってくることを祈ろうよ」と続いた。

そういえば今日は誕生日だった。昨今の諸々の事件に引きずられて希死念慮が強まっており、それにいっそう拍車をかける出来事があって、到底そんな気分にはなれなかったのだが。

そうして主人と食事をするまでの昼間の間の記憶が抜け落ちている。

家事をしていたのは間違いないし、他の口座の金額の確認をしたのも覚えているけれど、それだけで3時間も経過したとは思えない。またこうして記憶が消える。

ひとまず全財産を失ったわけではないけれど、日頃からうつが悪化すると貧困妄想に陥りがちなので、いよいよもって危ういかもしれない。

せいぜい生き延びなければならない。

主人に祝いの席で「31歳の抱負は」と訊かれて、真っ先に「生き延びること」と答えた。

ふざけていたわけではない。むしろそれがどれだけ困難であることなのかを、嫌というほど思い知らされたのがこの一年だった。

とはいえそれだけではどうにも場が保たない。「詩集を作ることかな。未公開の詩が溜まってるから整理したくて」と付け足したけれど、話はそれ以上弾むことなく、客のほとんどいない店内で、ぽつぽつと言葉を交わしながらお寿司をいただいた。

そうして帰ってきて、鬱々としながらココア共和国のTwitterアカウントをチェックすると、待ち侘びた知らせが来ていた。

www.youyour.me

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嘉村詩穂名義の「すべての痛みが去るとき」が佳作として採っていただけていたらしい。

かつて主人はバイトに落ちて短歌で入選した私に対して「詩人だね」と云ったけれど、大金を失って詩が佳作として選ばれたのも詩人のなせる業なのだろうか。どう考えてもろくな星の元に生まれてはいない。

ココア共和国に入選するのはこれで4度目で、いずれも嘉村詩穂名義のものなので、ご興味のある向きは是非ともお読みいただきたい。

生きている意味を詩にしか見出せない人間が書いた詩が、果たして読者の心に届くのかどうかわからないけれど、少なくとも絶望を歌うことで私は世界とつながろうとしてきたことはたしかだ。

自由詩を送った12月は落選したけれど、今のところ送った散文詩はすべて佳作として採っていただいているので、今後とも散文詩を書いていきたい。

かつて私の詩に「これは詩ではないですね」と云った人や、「あなたの詩は好きじゃない」と評した人がいた。後者は実母だが。

それでも私は師の言葉を信じる。「自分が詩だと思えば、それが詩なんだよ」と彼は云った。どこまでも自由な魂の持ち主だった。その言葉を信じつづけて詩を書いている。十一年の歳月は、彼の背中を追いつづけた歳月でもあった。

そうして今日とんでもないミスをやらかしてしまった気持ちの慰めに、自室にノエルの飾りつけをした。

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フランス製のアンティークの聖テレーズ像、マリア像とともに、フランスガムさんの天使のポストカードと、長崎の実母から送られてきた大浦天主堂のポストカードを飾った。

私はカトリック教徒ではないけれど、ルーツの一部としてカトリックは現存しているから、その精神は重んじている。

私のアイデンティティは不変だということがつくづくわかったので、これからもルーツの一部としてカトリックを受容し、そしてそのエッセンスを享受していきたいと願う。