ANIRON

ひとりごと日記

2021.12.29  自分に残された最後の役目

朝から仮面ライダーW38〜42話までを観て、大掃除やら年賀状やら、年末の行事を一気に行ったために疲労困憊して日記を書くゆとりがなかった。

体調は著しく悪く、朝から主人に休むように云われたのだけれど、一日寝込む羽目になることは目に見えていたので、無理にそうした事柄を片づけた。

仮面ライダーW40話の亜樹子の台詞が頭から離れない。

本当にやりたかったことは何なのだろうと自問した時、それは詩ではなかったはずだという返答が直ちに自分の中に沸き起こる。こんなはずではなかったという思いが頭から離れない。これも疲弊しているためだと分かってはいても、それでも忸怩たる思いが過ぎる。

主人はそのシーンで亜樹子の優しさに触れて泣きそうになったと云っていたけれど、私のような落伍者にはあまりにもつらく残酷な言葉だったと思わずにはいられない。

本当にやりたかったこととか、夢とか、そういうものに駆り立てられてきたこの6年間は本当につらかった。ただただ自分の力のみを信じてやってきたけれど、たやすく打ち砕かれてしまった。その挫折感からまだ逃れられない。

詩を志してもなお、それでも拭い去りがたい屈辱感がある。

なかなか物語の登場人物たちのように、すぐに次へと切り替えられるものではないのだなとぼんやり思う。

詩の道を選ぶということが正しいのか誤っているのか、それすらも現時点では把握しようがない。後々になってやはり悔やむかもしれないし、これでよかったと思うのかもしれない。

これが運命だったのだと思いきれれば幾らか気持ちも楽になるのだろうし、あきらめもつくのだろうが、そうたやすく割り切れていれば、この一年こんなに苦しむこともなかっただろう。

苦しみを見つめることを是とするヴェイユの思想は、その点では私の胸に迫るものがあった。

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あるいはキリスト教一神教を旨とする信仰を確かなものとしていれば、これも神の御旨だったのだと思い至ることができるかもしれない。単なる運命ではなく、神の司牧する世界における恩寵なのだと思い切ることができれば、少なくとも道は新たなところへと拓ける。

どこで読んだのだったか、あるいはミッションスクール時代にそうしたお説教を聞いたのだか忘れてしまったけれど、自分に与えられた使命を全うすることが御旨を受け入れることなのだということを耳にした。

おそらく聖母マリアの受胎告知にまつわる話の流れだったと記憶している。ミッションスクールは聖母マリアを理想の女性として奉じていたので、おそらくそこで聞いたのかもしれない。

詩を書くことが私の使命だとは、やはりどうしても畏れ多くて思えずにいるけれど、それでも病を得て、就労などの面でさまざまな挫折を味わう中で、ふるいにかけられていったものはいくつもある。

小説もまたそのうちの一つとなってしまうのかどうか、今はわからないけれど、それでも詩を書くことが私に残された最後の役目なのだと、今は信じていたい。

逡巡をつづけながら、それでも今年は新たな一歩を踏み出したことは確かで、ココア共和国にも四度にわたって佳作として掲載していただいた。

来年はさらに飛躍を遂げられるように励んでいきたい。