ANIRON

ひとりごと日記

2022.01.06 いただいた仕事と遠藤周作

雪が降って低気圧で消耗した一日だった。

PTSD関連の夢を見て、その内容がすこぶる悪く、起きてからしばらくフラッシュバックが止まらなかった。

直接的な原因があったというわけではないのだけれど、前述したようにさまざまなストレスが度重なって年末のつらい出来事が立て続けに起きたことによる解離性健忘にはじまり、PTSDが再燃したと見るべきなのかもしれない。

www.msdmanuals.com

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この点に関しては昨日受診したばかりということもあり、医師から明確な判断を下されたわけではないので、ひとまず様子を見るしかないが、PTSDの再燃ということになると、一ヶ月間の症状の持続と、うつの悪化は免れない。

ここ最近は心因性てんかん発作や過呼吸の発作も頻発しているし、全体的にメンタルの調子がすこぶる悪い。

私のPTSDは性的なトラウマに端を発しているため、BANANA FISHの舞台の円盤を見る機会はさらに先延ばしになりそうで、本当にもどかしい。

せいぜい生き延びることを最優先にするしかない。さまざまな状況は悪化する一方だけども、その分詩作が捗ると思えばいくらか気持ちも楽になるのかもしれない。

 

夕方、とあるツテから仕事の依頼が舞い込んで、単発の筆耕の仕事を任されることになった。

さっそく集中して作業を終えて、こうした仕事であれば継続的に受注できるとありがたいなと思う。

少なくとも仕事を任されるということは、生きている価値を外側から担保することが幾らかできるということだ。

なんとか実績を積み上げて多少なりとも働けるということを内外に示しておかないと、いよいよもって逃れられない無価値感の沼にはまってしまう。

いくら医師から再三にわたってドクターストップをかけられていて、主人からもそのことに関して理解してもらっているとはいえ、そのさらに周縁にある人々からの理解はなかなか得難いのが現状だ。

ひとまず先方からは今後も依頼する場面があるかもしれないというお言葉をいただけたので、これを励みに少しでも仕事と向き合えると良いなと願うばかりだ。

難治性の数多くの持病でアルバイトを度々クビになって、専業主婦になってからはまともに働けず、社会のレールから著しく逸脱した人間にも、こうして仕事を割り振ってもらえるだけ本当にありがたいことだと思う。

せいぜい今後とも励みたい。

 

それからしばらく休んで、今日はようやく本を読むことができた。

実母から連絡があり、厄入りのネックレスを贈りたいので、モティーフを選んでほしいと云われて、雫・馬蹄・クロスと候補を挙げられて、クロスを選んだ。

かねてからクロスモティーフのネックレスは欲しかったのだけれど、あいにくと金属アレルギーということもあってつける機会がなかなかなかったのだ。

ハイネックを着る冬の間はネックレスを楽しめるけれども、あいにくと出かける機会も減っていて、ネックレスをつけるタイミングが限られている。

それでも私はピアスを空けていないし、金属アレルギーなので指輪もNIWAKAの結婚指輪以外はつけられず、ネックレスだけが唯一楽しめるアクセサリーなのだ。

そのクロスモティーフを選ぶに当たっては、やはり自分自身のルーツの一つであるキリスト教の精神を大切にしたいという思いもあってのことだった。

そういうわけでかねてから積んでいた、遠藤周作『秋のカテドラル』を読むことにした。

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冒頭の「アカシヤの花の下」と「さすらい人」を読んで、「アカシヤの花の下」は思わず涙せずにはいられなかった。

子供に恋をする力がないと言うのは嘘だ。私はその時からこの女の子に恋をしたのである。廊下ですれちがう時、運動場で彼女が縄とびをして遊んでいるのを見る時、私は胸がしめつけられるような気持ちになるのだった。

それは私一人だけではなく、他の男の子たちにとっても同じだったらしい。ある日、私たちは相談した上、学校から戻る彼女を途中で待伏せした揚句、追いかけたのである。

憶えているのは、駆けながら逃げる彼女と、それを追いかける私たちの上に、アカシヤの白い花が風に吹かれ、舞っていた光景である。あるいは五月の満州の美しい風景と私の初恋の場面とが記憶のなかで美化され混同したのかもしれぬが、しかしそれから長い年月がたった今日でもその女の子の、

「いやよ、いやよ」

と言う声や、我々男の子の、

「遊ぼうったら」

と言う声までがその風景と一緒に心に甦ってくるのである。

──遠藤周作『秋のカテドラル』「アカシヤの花の下」河出書房新社、2021年、pp12-13

 

私は窓から暗い風景を見ながらとも角、仕事をやりつづけた。人生には歎いたり悲しんだりしてもどうにもならないことが多すぎる。誰を恨んで良いのかわからぬことが、有りすぎる。あれほど倖せそうに見え、夫や子供のために手頃な別荘を嬉しげに探していた女がその翌日、死んでしまった。そうしたあまりに残酷な事実を私のような年齢の男は幾度も見てきた。そして、そういう時、どうすればいいかも知っていた。だから私はその日、余計に仕事に没頭したのである。

──遠藤周作『秋のカテドラル』「さすらい人」河出書房新社、2021年、pp48-49

おおよそ30代以上の人間であれば、誰しもが忘れられない景色や風景を心の中に置きとどめて、眠れない夜のなぐさめに、孤独の慰撫のためにと、その記憶を再生しては嘆息するのだろうし、やりきれない不幸を目の当たりにすることも数知れない。

そうした人生の悲哀や味わいというものが、遠藤周作の作品には洗練された表現でよく描かれていて、それだけに涙なしには到底読めない。

20代の頃に遠藤周作に出会っていたら、きっと今のようには読めなかったに違いない。

自分自身の人生観や、その哀感が20代の頃よりも成熟した今だからこそ、宝物のように輝く文章と出会える喜びを感じることができるのだろうと思う。

情感を伴った風景描写とともに、喜びも悲しみも噛み締めるように描かれる登場人物たちの悲哀は、切実で美しいメロディとなって私の心に響き、満たしてくれる。

こればかりはやはり小説、それも純文学の名手の作品でなければ味わうことのできない情感だろう。

ようやく自分の心が慰撫されたような心持ちになり、胸がいっぱいになってしまって続きを読めなかった。明日以降また読んでいきたい。