ANIRON

ひとりごと日記

2022.01.08 #2 遠藤周作『秋のカテドラル』を読む

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それから、平家物語2話を観た。

建礼門院徳子との間柄が描かれ、びわの切なさが掘り下げられているところが良い。

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映像表現も美しく、私としてはとても心を惹かれた回だった。

主人は私が脱落した仮面ライダーアマゾンズの方が楽しみだと云って、しばらく語り合いながらルピシアダージリン1stフラッシュとアルフォート苺味をいただいた。

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そのあと主人と別れて、遠藤周作『秋のカテドラル』の続きを読んだ。

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◆女優たち

零落した役者の哀切と美は、短編ながらも胸に迫るものがあった。私自身、一流になりきれない俳優を推しているということもあって感じ入るところが多い。

作中に描かれる女優の、一時はスターと目されながらも落ちぶれて、それでも演じずにはいられない役者の業とも云うべき生き様や、その「あわれ」さはひときわ輝きを放っている。

皆川博子『花闇』を彷彿とさせる作品でもあるが、遠藤周作の筆致は露悪に傾きすぎることなく、品よくも切なくまとまっている。

 

◆海の見えるヴェランダ

「病気で疲れた女の顔は美しい」という一文と出会った。出典は俗説だろうか。いずれにせよ典拠不明のその言葉が病みつかれた私を少しばかりなぐさめてくれた。

小説の展開としてはありふれすぎていて、あまり見るべきものがないと感じた。

 

◆サボアの秋

そしてその時、千葉ははじめてモンブランの巨大な峰を見たのである。

それは硝子で作ったように夕暮の蒼ざめた空を背景に光っていた。真白な山腹を雪渓が、まるで幾筋かの傷のように走っている真上、ちょうど頂から山の三分の一にかけて夕陽が薔薇色に照りはえていたのだった。その風景を見ながら、千葉は、胸が締めつけられるような感動をおぼえた。夕暮れあの雪の何処か、人影一つない一点に今、孤独な風が吹き渡っているであろう。そしてその風は千葉が生まれる前から、そして千葉が死んだ後にも吹きつづけるのであろう。それを思うと彼は何かこの地上に自分がまだ見つけていない厳粛なものがかくれているのだと思った。

──遠藤周作『秋のカテドラル』「サボアの秋」、河出書房新社、2021年、p97

さながらヘミングウェイの「キリマンジャロの雪」を彷彿とさせる一文だった。

 

キリマンジャロは標高六〇〇七メートル。雪に覆われた山で、アフリカの最高峰と言われている。神の家と呼ばれているが、その近くに干からびて凍りついた一頭の豹の屍(しかばね)が横たわっている。それほど高いところで、豹が何を求めていたのか、説明し得た者は一人もいない。

──ヘミングウェイ『勝者に最期はない キリマンジャロの雪』「キリマンジャロの雪」、新潮社、1996年、p321

モンブランの峰の近くにかくれているものも、そしてキリマンジャロに抱かれた豹も、おそらく近しい存在なのだろう。

遠藤周作の小説には人生の悲哀や、なんとも云えない味わい深さが描かれるけれども、この文章には人智を超えた悠遠な自然が描かれる。

その中に登場する男女の青春のひとときの輝きは、まるで宝物のような煌めきを放つ。

人生の喜びが惜しげもなく謳われるこの作品は、遠藤周作という作家の奥行きを感じさせて、いっそうあわれ深く感じ入った。

 

そうしたことを書き留めておこうと思い立って、ここのところ毎晩開いているノートを書くためにルイボスティーを淹れた。

主人の分も併せて淹れて、ひとりでノートと向き合った。

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ここのところ夜の時間の過ごし方がどうにも下手で、PCをつけていると抑うつの波に飲まれてしまうので、最近はPCをつけずにアナログノートを書くようにしている。

それでも自分自身と対峙していると、やはり憂鬱が押し寄せてくるので、もう少し気楽な時間の過ごし方はないかと模索しているところだ。