ANIRON

ひとりごと日記

2022.01.18 詩の道を進む

特別お題「わたしの推し

ひどく消耗している。ここ数日の記憶があまりない。

この日は歌会始があり、天皇陛下の御製を拝見できたのが嬉しかったけれども、私はというと歌会始の後にまだ歌を作れずにいる。

短歌を詠まねばと思えば思うほど詠めなくなる。ここのところ自分自身の病を見つめつづけることに、少し倦んでいる。

詩の方は日々作っていて、詩風も少しばかり変化が出てきた。しばらく遠ざかっていたのだけれど、ここ最近作る詩は幻想性が強くなってきたのだ。

療養詩歌はこの一年十分に作ったし、そろそろ新たな模索をしていきたいと思う。そうして挑みつづけなければ停滞してしまう。

療養詩歌というベースは保ちながらも、そこから飛び立つような幻想性を担保したい。詩をネットに公開するか迷っているけれど、その答えはまだ保留にしたい。とにかく雑誌投稿と賞への投稿に励みたい。

そのためにもより多くの詩を書かねばならない。私はあまり承認欲求は強くない方なので、逐一ネットに上げて、誰かに見てほしい、評価してほしいとはあまり思わずにひたすら量をこなせる強みがある。

自分の中に詩を見極める確かな目があれば、そこから選び抜いて投稿することはできるし、他者からの評価はその次の段階にあるものだと思う。実際のところ、他者からの評価が私の創作意欲に寄与するということはほとんどない。

誰からに貶されようと褒められようと、私にとって詩が友でありつづける以上は書くしかないと思っている。苦しいばかりではつづかない、楽しいと思って書いている人には勝てないと近しい人に云われたけれど、詩というものの根本にあるものは悲しみだと思っている。

その悲しみの解像度をいかに上げて書くかが問題なのであって、そこに純度100%の楽しさというものが欠けていたとしても、それでも最終的には詩を書かずにはいられずに書きつづける人間だけが見える地平があると信ずる。

この12年詩を書いてきて、途中で書かなくなった人も随分と見てきた。私自身、小説の道を諦めた人間で、彼らに対して誇れるものはないのだけれど、それでも詩が、あるいはココア共和国が私を拾ってくれたことは、本当に感謝してもしきれない。

そういう点でポケモンソードシールドのビートくんは私にとって象徴的なキャラクターとなった。

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www.bandai.co.jp

ローズ委員長に推薦されてポケモンチャンピオンを目指していた彼は、やがてローズ委員長に利用され見捨てられて、ポプラに拾われてフェアリータイプのジムリーダーを目指す道を選んだ。

そうして一つの道を終わらせて、不器用であっても新たな道へ進もうとするビートくんの姿が、私にはとても眩しく見える。

これまでの私は、小説の道と詩歌の道を選びかねて、詩歌の道を選ばざるを得ないことをひどく理不尽だと感じていた。

そこで自分の器を超えたところで意思が働いていると感じて、キリスト教に再び傾きかけていたのだけれど、結局のところ自分の手で自分の夢を終わらせなければ、先へは進めないのだということを気づくに至った。

神の意思でも、あるいは他の誰かの影響ではなく、自分の手で選び取らなければ、そして自分自身でその選択の責任を負わなければ、本当の意味で人間として成長することはできないのだと思う。

選択をすることには常に責任がつきまとう。書店で本を選ぶことや、今日の夕食のメニューを決めることから、もっと大きな決断が必要になることもある。

私には詩歌の道を選ぶ勇気がなかなか出なかったし、小説家になれなければ人生は台無しになってしまうと思い詰めていた。

しかし、いざ小説の道を捨ててみると、詩歌の道を選ぶということが、迷いなく選び取れる。捨ててこそ浮かぶ瀬もあれという言葉もあるように、こだわりつづけた道を捨てることで、見えてくるものがあるのだろう。

思えば31歳になるまでのこの25年間、小説のことは片時も頭を離れることはなかった。

そこから脱して詩歌の道を選ぶということは、苦しみを伴う決断ではあったけれど、完全に創作をやめてしまうわけではない。

新たに詩歌というジャンルで試したいこと、挑みたいことは色々とある。

今後とも模索をつづけながら励んでいきたい。