ANIRON

ひとりごと日記

2022.01.30 洋服が嫌いだ

洋服が嫌いだ。

もともと発達障害の特性もあるのか、それとも肋間神経痛をはじめとするフィジカルの病気のせいなのか、何かと病弱で体力がないので苦手なのかわからないのだけれど、洋服を着ていると気力も体力も半端なく消費する。

特に体を締めつけるような服が苦手で、タイツやストッキング、ニットといったものが苦手だ。

スカートを履くことは好きだけれど、膝丈のものを選ぶと、その下にストッキングを履かねばならないので、どうしても体を締めつけることになる。冬場はタイツになり、さらに締めつけ感が強まる。

ならばパンツを履けばいいのかというと、傍目から見てもパンツが似合わないので、こちらはできれば履きたくない。

普段はほぼ家から出ないのでネグリジェを着ている。もこもこのもので、着心地も良く、体も締めつけない。

とはいえこれを着て外に出るわけにはいかないし、必然的に着替えることになるのだけれど、服を着る体力も気力も枯渇している時にはとても困る。

主人に「服を着るのが本当に嫌だ」と云ったら「裸族か」と云われたけれど、裸族だった時期は大学時代のごくわずかな一時期だけで、あとは何かしらの服を着ている。

そもそも西洋圏からやってきた洋服全般が好きになれない。

どんなに可愛らしい洋服を見ても全くときめかないし、心から造形が美しいと思ったことはない。同様の理由でウエディングドレスに憧れたこともない。西洋圏の洋服に東アジア圏の民族衣装を征服されたことに、私は幼少期から強い疑問と憤りを感じてきた。

できれば年中着物で過ごしたいけれど、帯の締めつけたるや、洋服の比ではない。結婚式は白無垢と色打掛だったけれど、両者ともども病み疲れた身にはなかなか堪えた。浴衣ですらも帯の締めつけは強い。

西洋圏の洋服云々のことはさておき、着替える前に部屋で散々駄々をこねていたら、リビングにいた主人が呆れて「それなら漢服を着ればいいじゃない」と云う。

かねてから漢服に興味はあったのだけれど、文化盗用云々のポリコレ棒で殴られる気力もないので、ただ指を咥えて見ていたのだった。

しかし調べてみると、中国ではナショナリズムがかつてないほど高まっており、外国人に漢服を着てもらうイベントを催したりしているらしい。

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japanese.china.org.cn

ならば私が着てはいけないという道理もない。

元々私は中国文化に対してリスペクトの気持ちを抱いてきたし、指導教官からも東アジア文化圏の歴史観を叩き込まれてきた。漢詩も読むし、特に六朝詩に関しては、かつて小説の下敷きにするなど、とても強い思い入れがある。

東アジア圏の文化を尊重する気持ちは今も昔も変わっていない。

また同時に服を纏うということは、思想を纏うということでもある。

創作において、私の場合はここのところずっと療養詩歌を作ってきたけれど、和漢折衷の耽美的な詩を書いていた時期に戻ることもあるかもしれない。

少なくともファッションが表現である以上、創作物にもいい影響をもたらしてくれるのではないかと期待している。

また顔タイプソフトエレガントなので、漢服の造形や、柔らかな色合いはおそらく似合うだろうと思う。

一時期着ようかどうか迷っていた時期に友人からも「きっと似合うと思う」と云われたことがある。

ただいかんせん自宅のドラム缶式洗濯機の使用には耐えられないだろうという難点がある。

手洗いは必須だろうし、脱水はごく短時間ならいけるだろうか。

試しに一着買ってみて、問題がなければ買い足していきたい。そしてできれば普段着を漢服にしたい。