昨日の診断名の宣告から一日経って、やはり気が重かった。
抑うつ状態ではないのだけれど、メンタルが停滞してしまっているらしく、調子を崩したり、やる気が出なかったりして、一日低調だった。
そのような中でもセルフケアに努めることができた一日だったとも思う。
これはまたいずれまとまった形で別途こちらのブログに書きたい。
朝から掃除をしてひとまず家事を片づけて、主人がリモートワークだったのでコーヒーを差し入れることにした。
私はコーヒーが苦手なので、ルピシアのキャラメレをいただくことにした。
それからマグカップを片手に記事を書こうとするのだけれど、どうにも精度がよろしくない。集中力に欠けるのか、気力がないためなのか、思うように記事を書けずに落ち込んだ。
ともすれば「これは陰性症状なのだろうか」「また5年、10年前に出ていた陽性症状が出たらどうしよう」「双極性障害やうつ病ではないと云われたけれど、こんなにメンタルの持病を患っているのだから、やがてそうなってしまうかもしれない」という不安に包まれてしまう。
とにかくおおよそ病識というものが欠けていたので、昨日下された統合失調症と適応障害という診断名に戸惑ってしまい、昨日注文して今朝届いた統合失調症に関する本を読んだ。
ひとまず服薬を続けることは絶対として、運動や食事療法も効果があるらしい。
ここのところリングフィットをプレイできていないので、また再開しないといけないなぁと思いながら読んだ。
体重が増えやすいという問題に関しては、私は昨年一年間は46kgをキープしつづけているので、このまま体重の維持に努めたい。
今のところは幻聴や幻覚といった、世にいう「統合失調症」のイメージがつきまとうような陽性症状は全くなくて、陰性症状がこの5年ほど続いている。
気がかりなのは認知機能の低下で、これに関してはかなり自覚症状があり、記憶力の衰えが常人の比ではないことがかねてから気になっていた。
心理検査でも記憶力が弱いと指摘されていたし、今も財布の状態を見ると小銭だらけで、認知症患者の財布とそう変わらない。今のうちになんとか認知機能の低下のスピードを抑えなければ、厄介なことになりそうだ。
私はもともと魚が好きで、青魚なども好んで食べるので、缶詰などを利用して積極的に魚を摂りたい。
またコミュニケーションもできるだけ人と取るようにしたいけれど、これに関してはあまり友人が多くなく、音声でのやりとりが少ないので、今後は読書会の場などを積極的に設けていきたい。
病気もあり、なかなか個人的なことに踏み込んで人と話すのは気が引けるのだが、読書会であればやや形式に沿った場となるので、コミュ障の私にも安心なのだ。
そうしているうちに主人から「少し休んだ方がいいよ」と云われたので、大人しく紅茶とミックスナッツでお茶をして休憩することにした。
なんでもないことだけれど、ここのところ一人の時にはマグカップで紅茶をいただくことが多くて、もうそれだけで気分が沈んでいた。
もともとティーカップ派なので、紅茶はティーカップでいただきたい。しかしその気力がない。
そういう日々が続いていて、今日は思い切って一人きりではあるけれど、ティーカップにルピシアのキャラメレを注いだ。
ただお茶だけだと気が滅入ってしまいそうだったので、NHKオンデマンドで「やまと尼寺精進日記」の続きを観た。
朝にラジオを聴いたりもしたのだけれど、やはり美しい映像が伴うと、それだけで癒やされるのだなと思う。
私は動画やテレビを観るのがとても苦手で、NHKの番組はもっぱらテキストを通じて知るということが多かったのだけれど、この「やまと尼寺精進日記」だけは好きで、2018年からはほぼ欠かさず観ていた。
植物に触れたいなとか、冷茶器が美しいなとか、ぼんやり思いながら観ている間は、病気のことも、詩歌のことも、そしてブログからも離れていられて、ようやく人心地がついた。
そうして少しばかりメンタルが落ち着いてきたのでこの文章を書いている。
思うようにいかないことも何かと多いし、私の半生はほとんど病気とともにあったので、これからもつらい日々が続くのだろうと思う。
それでも、主人とのささやかな幸せの日々を味わいつつ、大切に過ごしていきたい。