ANIRON

ひとりごと日記

2022.02.18 本を読めない日々と詩と

創作・読書トピック入りしていました。

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お読みくださった皆様、評価してくださった皆様、ありがとうございました。

引き続き当ブログをよろしくお願いいたします。

 

さて消耗する日々が続いている。その一つ一つについては掘り下げないでおくけれど、それでも対人コミュニケーションで問題を感じることが多くて参っている。

村上春樹はそうしたネガティブな出来事も創作の糧に変えてきたと、著作の中でたびたび語っていて、私自身もそのスタンスに変わりはない。

そういうわけで詩を三篇書いた。

どうにも精度に欠けるのか、思うように書けないけれど、こうして弱っている時にそれでも詩だけは私の友でいてくれることが心強い。

昨夜、主人と話していて、「アウトプットだけでなく、インプットもした方がいい」「自分というものに囚われすぎるからインプットができなくなる」と諭されて、随分と沈んでしまった。

私だって好きでインプットができていないわけではないし、インプットをすることの必要性は人に云われるまでもなく分かっているのだけれど、持病もあってなかなか叶わない。

這いつくばるようにして必死で本を読んでいるけれど、それでも思うように読めない。

焦りは募る一方で、日々読みたくないと思いながら本を読むのはなかなか辛いものがある。

そんな私を励ましてくれた一冊があって、それは松岡正剛『多読術』だ。

おおよそどんなことでも本に書かれていないことはないという記述は、私の背中を強く押してくれた。弱っていて本を読めない時には彼の言葉を思い出すようにしている。

さらに吉田隼人『死にたいのに死ねないので本を読む』は、まさに絶望に囚われた人間の読書案内と云うべき一冊で、「死にたい時だから読める本がある」と気づかされた本だった。

いずれも私にとってはかけがえのない読書体験をもたらしてくれた本だ。

今持病があってなかなか本を読めずにいる私のような人が他にもいらっしゃるのだとしたら、ぜひ強くおすすめさせていただきたい。

 

そうして日々苦しい思いをしながらも本を読む自分をさらに鼓舞すべく、ブログの収益で得たアマギフで『建礼門院右京大夫集』全訳註を買うことにした。

平家物語を観て、無論原作の古川日出男平家物語も気になって買ったのだった。

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しかしこの建礼門院右京大夫についてのwikiを主人が朗読してくれて、その無常感と恋人を失った悲しみに浸る彼女のあり様の一端を窺い知って、私はどちらかというとこちらの方が馬が合いそうだなと思ったのだった。

ja.wikipedia.org

家集の前半は承安4年(1174年)の出来事に起筆し、中宮のめでたさや平家の栄華を讃えながら、年下の貴公子平資盛中宮の甥)との恋愛を主軸に据え、歌人・画家として有名な藤原隆信とも交渉を持った経過を述べる。後半は寿永2年(1183年7月、一門と共に都落ちする資盛との別離に始まり、平家の滅亡に殉じて資盛が壇ノ浦の海の藻屑と消えたのち、ひたすらその追憶に生きた日々を描く。

 

寿永・元暦の兵乱によって、右京大夫は親しく交わった多くの平家の公達の非業の死を目の当たりにし、世の浮き沈みや人の命のはかなさを身をもって体験した。広く動乱の時代が生んだ悲劇を描き、単に恋人を失った「世の常」の悲哀とは等価ならざる痛切な心情が託された彼女の家集は、同じような運命をたどった人々の強い共感を呼び、太平洋戦争中、愛する者の出征を見送った女性たちの間で愛読されたという。

実際に読むのは随分後になるかもしれないけれど、それでも今回注文できて良かったと思う。

それから林望訳『平家物語』が完走間近となった主人が、次は林望訳『源氏物語』を走ると云うので、私も励まなくてはなと思う。

また主人は池澤夏樹の文学全集が気になるらしく、謡曲集の話になり、日本古典文学全集本よりも、岩波全集本の方がたくさん収録されていて良いよという話をした。

思い返せばコロナ禍前の同棲時代には、足繁く図書館へ通って、こうした全集本や事典類などのコピーを取ったものだ。

そうしたバイタリティが失われてしまったことが本当に口惜しくてならない。

できれば今後とも図書館には通って、さまざまな詩歌を発掘したいし、図書館エッセイ本第二弾だって出したい。

ブログ「広寒宮」で綴ってきた図書館にまつわるエッセイに書き下ろしを加えた、図書館エッセイ集です。
「もうひとつの家」としての図書館との付き合い方や、うつ病当事者としての図書館との関わり、一利用者から見たコロナ禍の図書館の記録、幼少期に通った図書館との思い出など、今だから読みたい内容をぎゅっとまとめました。
本書が図書館を愛するすべての人の友となりうることを心から願っています。

-収録作品-
図書館という希望
ふたつの棚
図書館という友人
ふたたび図書館へ一
図書館の使い方を模索する
コロナ禍の図書館について
蔵書の整理
ふたたび図書館へ二
先達の目とBANANA FISHにみる図書館の精神
図書館という知の海に漕ぎ出す
図書館で知を拓く
学校の図書室の思い出
非常事態宣言下の図書館
本書に登場した書物

それは君の仕事だと思って図書館へ行くといいよと主人に云われた。

そうして話しながら主人が買ってきてくれた回らないお寿司店のテイクアウトのお寿司をいただいて、ルピシアの秋摘みダージリン「スウィート・オータムナル」とゴンチャロフのガルニエシリーズのチョコレートをいただいた。

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一緒に写真を撮ったビートくんは、私にとってお守りなのだと主人に話した。

小説を捨てて詩歌の道を選んだ私にとって、ローズ委員長の影響下にあった環境から脱してフェアリージムリーダーとなったビートくんは希望の星のように見える。

だから目につくところにこのぬいぐるみを置いて、元気のない時には眺めている。

4月になればフィギュアも届く予定なので今から楽しみだ。

まだまだ道に惑うこともあるけれど、それでもしっかりと詩歌の道を歩んでいきたい。