ANIRON

ひとりごと日記

2022.03.05-06 短歌の軽みと調べと

両日ともにワクチン接種3回目の副反応で臥せっていた。

朝の時点でこの記事を書いたので、今日一日のことはなかなか書けずにいた。

snowrabbit21.hatenablog.jp

熱は下がったものの、頭痛と倦怠感に見舞われて、3時以降は再びダウンしていた。

おかげで特に書きたいこともないのだけれど、4日に読んだ『NHK短歌』3月号の感想をまとめておきたい。

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NHK短歌3月号を読んだ。お悩み相談や歌論など、より投稿者に近い誌面が弱っている身にはありがたい。
特に「念力短歌入門」の「短歌は想いなくして生まれない」というくだりや、「短歌のペインクリニック」の
“反対に、家から一歩も出ず、傍目には何の変化がないように見える人でも、自らの詩の道を究めていくことはできます”という箇所には勇気づけられた。
短歌を詠む人間に温かなエールを送ってくれる一冊で、心身ともに弱り果てた身に沁みた。
またいくつか主人にプロの歌人の掲載歌をLINEで送ったので転記しておく。

天津飯れんげですくふ船にのりおくれたやうなはるの夜更けを 魚沼晋太郎

壜詰のアスパラガスのなんだろうこの世のものではないような味 穂村弘

アジフライ箸で小さく切り分けて午後に重たき一仕事あり 田村元

げんげんの花原めぐるいくすぢの水遠くあふ夕映も見ゆ 島木赤彦

地にありしれんげ畑のむらさきの色ひろがれるけふの夕空 伊藤一彦

もしもわれ老子であらばおもしろや菠薐草(ほうれんそう)を抱えて帰る 渡辺松男

寂しければ人にはあらぬ雲にさへしたしむ心しばし湧きたり 吉井勇

全体的に『NHK短歌』は現代短歌よりも近代短歌に重きを置いているという印象を受けて、古典を読まなければ地力はつかないと考えている身からすると、良心的な作りになっているなと感じた。

鑑賞そのものが創作に強く反映されるのが詩歌というジャンルだから、一つひとつの掲載歌に対して丁寧な鑑賞文が付記されているところも好感が持てる。

持病もあり、対人関係がうまく築けないので、結社に入るのをためらっている身としては、NHK短歌のような場があるのは心からありがたいことだと思う。

また今回こうして引用した短歌を見てみると、思いのほか「軽み」を意識しているのだなということに気づく。

耽美的な短歌を作っていた時期は、短歌の軽みをむしろ遠ざけていた節があり、それは俳句にしても同様なのだけれど、ゴテゴテと装飾の多い短歌を作っていた。

しかし歌というものは調べでもあるから、すっとリズムが心に入ってくることがやはり大事なのだろう。その調べにはやはり軽やかさがあった方が良いと今は思う。

そして村上春樹が「石が浮き木が沈む」と文学の軽重の如何を評していたように、短歌にも軽みがあるからこそ伝わる表現があるとここのところ感じるようになった。

軽やかな表現だからといって、そこに中身がないということではないのだ。

むしろその軽みがあればこそ調べも生まれ、その調べが短歌を短歌たらしめるのだと思う。

読む方も量をこなさねばならないとかねてから思っていたし、今はなかなか本が読めない日々が続きながらも、地を這うように読める本を読んでいるけれど、やはりもう少し目的意識を持って選書をしなければならないとも思う。

ここのところ気になっている歌集はいくつかあるのだけれど、まだいずれも読めていない。

とにかく鑑賞力を上げて地力をつけていくしかないのだと思う。

積読本もまだまだたくさんあることだし、それらを崩したり再読したりしながら自分自身の作歌のモチベーションの維持向上に努めていきたい。

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