ANIRON

ひとりごと日記

2022.03.28 #2 図書館というもうひとつの家

そうして今日の出来事を短歌に詠もうと思ったのだけれど、体調が悪くてどうしても起きていられず、やむなく横になって広橋真紀子さんの音楽を聴いた。

温活のススメ~冷え性解消の音楽

温活のススメ~冷え性解消の音楽

  • 広橋真紀子
  • ヒーリング
  • ¥1528

music.apple.com

このアルバムは、かかりつけの内科で流れていたこともあって、私にとっては心安らげる音楽の一つだ。

横になりながら歌の一つでも詠めれば良かったのだけれど、あいにくと不調がそれを許してくれず、ぼんやりとTwitterの身内アカウントのTLを眺めていた。

それからなんとか身を起こして、主人が帰ってくるのを迎えて、夕食を摂ろうとしたのだけれど、少しも食が進まない。

サラダを食べるのがやっとで、皿うどんはほとんど食べられないまま残して、主人とお茶をすることにした。

ルピシアのサクラとコージーコーナーの苺のマドレーヌをいただいた。

主人が仕事の山場を終えるので、有給を取りたいと云うので、一日ぐらい主人を完全にひとりにした方がいいだろうと思い、図書館に行った方がいいかと尋ねると、きみのためにもなるし、そうしてほしいと云う。

先日休日を迎えることがお互いにストレスになっているという話になり、主人は完全にひとりになる時間がほしいと話していたのだった。

私はいつも家にいるので、主人にとって「家=私がいるところ」となってしまい、家でなかなかひとりになれず、それがストレスになっているらしい。

夫婦仲が悪いというわけではなく、主人はもともとひとりでいる時間を持てないとストレスを感じてしまうタイプなので、かねてからそれを尊重したいと思っていたのだった。

図書館には閲覧席があり、有給を含めた休みの日のうち、一日は私がそこで調べ物をしたり、読書をしたりして、一日を過ごすということで話がまとまった。

もともと図書館は好きな場所だし、知人からは「詩音さんにとって図書館はもうひとつの家なのですね」と云われたこともあり、また図書館エッセイ集も書いている。

ブログ「広寒宮」で綴ってきた図書館にまつわるエッセイに書き下ろしを加えた、図書館エッセイ集です。
「もうひとつの家」としての図書館との付き合い方や、うつ病当事者としての図書館との関わり、一利用者から見たコロナ禍の図書館の記録、幼少期に通った図書館との思い出など、今だから読みたい内容をぎゅっとまとめました。
本書が図書館を愛するすべての人の友となりうることを心から願っています。

-収録作品-
図書館という希望
ふたつの棚
図書館という友人
ふたたび図書館へ一
図書館の使い方を模索する
コロナ禍の図書館について
蔵書の整理
ふたたび図書館へ二
先達の目とBANANA FISHにみる図書館の精神
図書館という知の海に漕ぎ出す
図書館で知を拓く
学校の図書室の思い出
非常事態宣言下の図書館
本書に登場した書物

今も変わらず私にとって図書館はもうひとつの家となることになりそうだ。

調べたいことは探せば色々と出てくるだろうし、かねてから気になっている能楽のことなどをじっくりと調べてみたり、開架に並んでいる文学全集の中から好きな作家を選んで、その作品を手当たり次第に読んでみるのも面白そうだ。

実際に私は萩原朔太郎全集を紐解いて、彼の随筆を随分と読んだりもした。

あいにくと歴史関係の本は使えそうにないけどね、と主人に云うと、「史学科を出た人からすると、公共図書館の歴史コーナーはおもちゃみたいなものだろうね」と云われた。

郷土資料は見るべきものも多いかとは思うので、機会があればそちらをチェックしたいと思う。

思い返せば『kotoba』の独学の愉しみ特集で、図書館を駆使して勉強を続けた偉人として南方熊楠が取り上げられていたなと思う。

彼の事績については、国立科学博物館で展示を観たこともあり、多少は知識があるけれど、体系的に本を読んだわけではないので、彼について調べてみるのもいいかもしれない……などなど、とにかく調べてみたいことというのは探せばどんどん出てくる。

自分自身の関心の所在をできるだけ広く保っておくためにも、ぜひ図書館を有効活用したいと思う。

図書館という場とふたたび深く関われるのかと思うと、今から楽しみだ。

私は広場恐怖症の節があるので、緊張のあまりなかなかくつろげないとは思うのだけれど、それでも少しずつ慣れていきたいし、これからも図書館を「もうひとつの家」として、大切にしていきたい。