ANIRON

ひとりごと日記

2022.03.29 痛みを歌うこと

創作・読書トピックにお邪魔していました。

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お読みくださった皆様、評価してくださった皆様、ありがとうございました。

引き続き当ブログをよろしくお願いいたします。

 

ここのところまともに詩が書けずにいて、やはりウクライナ情勢以後と以前では詩のあり方が変わらざるを得ないのだろうということを肌身に感じている。

短歌は時事詠を詠まなくても成り立つのだけれど、詩はもっと自分の内面に近しいものだから、どうしても痛みと向き合わざるを得ない。

そうして痛みを歌おうとするとき、必然的に今痛苦の最中におられる人々に想いを馳せずにはいられない。

そうして痛みから発する歌を詩に起こそうとするには、やはり神経を使うし、使わなければならないとも思う。それは私自身が大学でそういう教育を受けてきたからだし、語り得ないものとして蓋をすることは、もうできないけれど、それでも語ろうとするときに、それが暴力とならないように細心の注意を払わねばならないのだと思う。

そういう点から鑑みても吉増剛造『詩とは何か』は第二次世界大戦以後、詩のあり方は変わらざるを得なかったとする立場を取っていて、今読むにはあまりにもタイムリーな一冊だったのだけれど。

吉増剛造の詩を私が解しているとは云いがたいし、この詩論も十全に理解が及んでいるとは云えないのだけれど、それでも必死にページを折って読んだ日々のことは、決して忘れないだろうと思う。

そして詩を書いていて、私は聖書の言葉を思い出した。それはマタイによる福音書

 疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい

マタイによる福音書11章25-30節

という一節なのだけれど、この言葉は当時高校一年生でいじめに遭っていた私にとって、かけがえのないもので、その一節が記された栞を購買部で買ったのを今でも覚えている。

ウクライナの人々に寄せることができるのは、この言葉だけしかないのではないかと思わずにはいられない。

凡人である私は、ただ痛みを固有のものとして、ウクライナの人々のうちの一人ひとりの個別のものとして、ただ想いを馳せることしかできない。

また私が思い出すのはPTSDが再燃した折に相談窓口でかけてもらった「つらさを我慢しなくていい」という言葉だったけれど、その言葉にどれほど救われたことかわからない。

痛みを痛みとして認めること、それを個別のものとして丁重に扱うこと。柳美里が語るように、それは人間にとって最後の尊厳を認めるということなのかもしれない。

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小説家の役割の一つは、データ(数値・数量・統計)から、一人の人間をすくい出すことです。

同じ種類の癌を患って、同じステージだとしても、なにに、どこに、どのような痛みを感じるのかは人それぞれで、痛みは極めて固有の、人の尊厳に関わるものだから、わたしは痛みを大事に扱いたいし、扱ってほしいのです。

そのような点から考えても、やはり私は「平家物語」のびわというキャラクターは暴力的だなと思わずにはいられないのだけれど、それは自分ひとりが超越的な立場に立って痛みを語ろうとする姿勢にあるからなのだろうなと思う。

入水する維盛に対して「最後まで怖がりだった」と語ったシーンには強烈な違和感を感じた。心身ともに追い詰められた挙句に死ぬ間際の人間に対してそれはないだろうと思う。

彼女が「祈る」という言葉に辿り着いた時、私は怖気が走る思いがしたのを今でも覚えている。

父親を殺され、母親と別離したとはいえ、「平家物語」という物語において、絶対安全な場所にいる「閲覧者」としての傲慢さを、どこまで彼女は自覚していたのだろうか。壇ノ浦においてさえ、絶対安全な場所から平家一門の死を傍観していた彼女に、その資格はあるのだろうか。

それは他ならぬ我々の目に他ならないのではないか。

「祈る」という行為にはその「閲覧者」としての倨傲さが寸分なりとも含まれているのだろうし、そのグロテスクさ、暴力性を自覚しておかなければ、やはり死ぬ間際にある人に対して「怖がり」という言葉をかけかねないのだ、我々は。

だから私はせめて自分の痛みが自分ひとりのものであるということを噛みしめるとともに、同じように他者の痛みに対して誠実でありたいと思う。

それは十全な形では叶わないかもしれないけれど、せめて自分自身は人の話を聞くことで、そう心がけておきたい。

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