どうにも弱っている。
今日は主人がリモートワークだったので、昼間の休憩時間と夜の二度お茶を楽しんだ。
主人がいると家事も捗るし、精神的にも幾らか落ち着くので、リモートワークはありがたい。
ここのところ何かと気落ちすることも多かったから、主人と穏やかな時間を過ごせたことにまずは感謝して、明日は起きたらお礼にと、お宮にお詣りしようと思う。
そろそろお榊も欲しい。
なかなか買えずにいるのだけれど、楽天ポイントも貯まっているし、いいタイミングかもしれない。
昼間は母とも話した。
適応障害の原因の一端は実母にもあるのだけれど、今日は比較的穏やかに話すことができて、それも幾らか良かった。
母とのことはかねてから書いてきたけれど、今はひとまず境界線をしっかり引けているから、それで良しとしたい。
作家になれという圧力を物心ついた時からかけつづけてきた母も、今は私が詩歌で少しばかりの成果を出していることを喜んでくれているらしい。
せいぜい励まねばならないなと思う。
朝に詩を書き、それから短歌を詠もうと思ったものの、iPhone SE第三世代を買うことを巡って、docomoを解約したり、さまざまな手続き上の面倒なことがあって、結局買えずじまいで今に至り、消耗してしまった。
格安スマホへ乗り換えることにしたので、これはiPhone SE第三世代が無事に届いたらまた別途こちらに記事を書くつもりでいる。
そして昨夜「日本の古本屋」で注文した、高柳重信全句集が決済手続きに入ったので決済を済ませた。
日本の古本屋の他の出品物を見てみると、破格の値段だったようで、状態はあまりよろしくないかもしれないが、専業主婦の身なので贅沢は云っていられない。
先日『四季俳句』を読んでからというものの、どうしても病を抱えながら句作に取り組んでいた高柳重信の俳句が読みたくなったのだった。
前衛俳句、前衛短歌から少し距離を置いている今、どれほど影響を受けるかはわからないけれど、それでもそれらを読むのは好きだし、私は石田波郷『惜命』に影響を受けて療養詩歌を作りはじめたので、いい影響があればいいなと願っている。
短歌はまだ詠めていないので、これから少しばかり時間を取って詠みたい。
モチベーションが下がっているわけではないのだけれど、体調がよろしくないこともあって、どうしても詠みたいと思った時からタイムラグが生まれてしまうので、最近は詠みたいと思った風物をAppleのデフォルトのメモ帳にメモしておいて、そこから歌を作っている。
そのことに気落ちしがちな日々がつづいているので、朝に歌仙兼定コーナーにピオニーの花束を移したのだった。
新たな投稿先も見つけていきたいと思っている。
なかなか角川短歌大賞に出せるだけの腕前ではないことは自明であって、自分の歌は拙いという自覚があるので、日々作歌を続けながら、今はNHK短歌などに投稿できればと思っている。
実際にNHK短歌4月号分にも投稿をはじめているし、夏の誌上短歌大会にも出詠している。
私の歌は耽美的な作風から今は離れて、より口語的で写生的な表現へと変わってきているので、エピソードを書き添える欄があるNHK短歌とは相性がいいのかもしれないと思っているのだが、結果はまだわからない。
詩に関しても投稿先を新たに開拓するか、それともココア共和国に留まるか、まだ選択していかねばならない。
今のところはココア共和国に留まるつもりでいるけれど、某詩人がデビューした『ユリイカ』も気になっていて、コンスタントに郵便局に通うことが可能であれば投稿したいと思っている。
また詩集を作りたいという思いもある。
既刊二冊の散文詩とはまた異なる作風になりそうで、今度はダークでゴシックな療養詩集にしたい。
ココア共和国の傾向から鑑みて、おそらく採られないだろうという詩を集めたいし、他にも笹井宏之賞落選作の短歌に散文詩を掛け合わせた詩集も作りたい。
第四回笹井宏之賞落選作品50首を収めた短歌の折本です。
病める夏の日々を詠んだ、ゴシックな療養短歌を収めています。
この恋も忘れてしまう錠剤は不老長寿の薬となって
「しにたみのおさしみ」きみに告げたいの「おさしみ」としか云えないままで
ハルシャギク世界の果てをも埋め尽くし燔祭の焰を待つ初夏
短歌30首に対して詩を30編書けば、そこそこのボリュームの詩集になりそうだ。
とはいえ今はやりたいことが日替わりで変わってしまう状況なので、ひとまず一つずつしっかり片づけられるようにしなければならない。
そこで昼間から創作用のメタノートを作り始めた。
これは外山滋比古『知的創造のヒント』に書かれていた手法で、ノートの情報の海の中から必要な情報を抜き出して書くノートをメタノートと呼ぶらしい。
先日無印良品で買ったA5サイズの方眼ノートをメタノートにすることにしたのだった。
この辺りのノートにまつわることについては、またいずれKDPとしてまとめるつもりでいるので、今は多くの言葉を割かないけれど、試しにやってみて、良さそうであれば今後とも続けてみたい。