ANIRON

ひとりごと日記

2022.03.30 朝日新聞デジタルで記事を読む

いろんなことに消耗した一日だった。

朝から楽天モバイルiPhone SE第三世代を契約しようとしたのだけれど、名義変更が必要となってできず、仕方なくdocomoのオンラインショップで契約しようとし他ものの、エラーが続いてこちらも断念した。

それから電話受診をしてからは、ぼーっとする時間が長くて、ほとんど何もできずにいる。

かろうじて短歌を8首詠んだぐらいで、何も手につかない。

仕方がないので朝日歌壇に寄せられた短歌を読んだり、記事を読んだりしていた。

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朝日歌壇に寄せられた歌は時事詠が多く、ウクライナ情勢を憂うという歌が多数を占めた。

私もこのウクライナ情勢以降、詠む歌や書く詩に変化が生まれていることは、これまでにも書いてきた通りだ。

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ただ、それをいかに歌えばいいのか、まだ確証が掴めずにいるし、その「掴めない」「わからない」という感覚も、大切にしなければならないのだと思う。

次の記事を読んで、以下の箇所が印象に残った。

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代表曲の一つ「さとうきび畑」も深い悲しみを抱えた歌だ。

 寺島尚彦が作詞したこの曲は、沖縄戦で殺されたり、集団自決を強いられたりした人々を思って書かれた。

 「戦争を経験していない自分が、こういう曲を舞台の上から歌うことは、身の丈に合わず、生意気だと思っていた」

 レコーディングしてリリースされたのは1969年。以来森山は、20年にわたり封印していた。

 封印を解いたのは90年に湾岸戦争が始まった頃。「母から言われたんです。『そんな愛だの恋だの言ってる時代じゃないでしょ。あなたには歌うべき歌がある』って。それで歌い出したんです」

 歌ってみて、自分が恐れて距離を置いていた曲が、人格を持ってすっと近づいてきてくれたように思えた。

 「小難しく考えて、斜めから見て遠回りをしていたけれど、この歌はテクニックなんかいらない。この歌詞とメロディーをお客様に歌う。ただそれを聞いていただくだけでいい、っていうことに初めて気がついたんです」と語る。「でも、きっとそれだけの遠回りをする年月が私がこの歌を歌うためには必要だった」

「遠回りをする年月」が必要なのは、おそらくウクライナ情勢を歌うに際して、詩歌を作る上でもやはり必要なことなのだと思う。

すぐにパッと言葉にはできない。そこにはためらいが生じるし、畏れも生まれる。その畏れをできるだけ丁重に扱わねばならないのだと思う。

そうしたことも、これまで再三に渡って書いてきた。

その幾らかが読者の皆様に伝わっているかはわからないけれど、それでも自分なりに日々考えていかないと、ともすればパッと言葉にしてしまいそうになるし、そしてそれはおそらく人を傷つけることにもなりうるのだと思う。

そうしたことを日々考えるうちに、学生時代の恩師から他者表象の問題について教示していただけたことは、やはりかけがえのない財産だったのだという思いが高まり、恩師にそのお礼と、近況を述べたメールを送らせていただいた。

社会に出ていない身の上なので、何か失礼があってはいけないと、できるだけ丁寧な文面を心がけたつもりではあるけれど、過失があるかもしれない。

その不安もない混ぜになりつつも、やはり伝えるべき時に伝えなければ、人は関わりを持てなくなってしまうという経験をこれまでに何度もしてきたので、自分の言葉で伝えたいことをメールにしたためた。

お返事をいただけるかどうかはわからないし、お忙しい時期でもあるから、返って来なくても構わないと思う。ただ、お礼を伝えたいという一心だった。

それからこうして書いているうちに、「北欧、暮らしの道具店」のインターネットラジオ「チャポンと行こう!」の第94夜で、決断することに関して「その物事について考えつづける時間の量」が他の人よりも勝っていればいいという話があった。 

チャポンと行こう!:Apple Podcast内の第94夜:日々の買い物から自信をつける?自分の決断を信じられるようになるには(2021/10/24公開)

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私は考えることが得意だとは思っていないし、むしろ人よりも及ばないと思っているけれど、それでもこうして詩歌について、あるいは他者表象という問題について、日々さまざまなものを読みながら考えつづけてきたことは、きっと糧になると信じたい。