ANIRON

ひとりごと日記

3月に読んだ本

3月に読んだ本は新規のみで合計16冊。再読を含めれば20冊ほどになる。

以下、ブクログより引用する。

NHK短歌3月号を読んだ。お悩み相談や歌論など、より投稿者に近い誌面が弱っている身にはありがたい。
特に「念力短歌入門」の「短歌は想いなくして生まれない」というくだりや、「短歌のペインクリニック」の
“反対に、家から一歩も出ず、傍目には何の変化がないように見える人でも、自らの詩の道を究めていくことはできます”という箇所には勇気づけられた。
短歌を詠む人間に温かなエールを送ってくれる一冊で、心身ともに弱り果てた身に沁みた。
またいくつか主人にプロの歌人の掲載歌をLINEで送ったので転記しておく。

天津飯れんげですくふ船にのりおくれたやうなはるの夜更けを 魚沼晋太郎

壜詰のアスパラガスのなんだろうこの世のものではないような味 穂村弘

アジフライ箸で小さく切り分けて午後に重たき一仕事あり 田村元

げんげんの花原めぐるいくすぢの水遠くあふ夕映も見ゆ 島木赤彦

 

地にありしれんげ畑のむらさきの色ひろがれるけふの夕空 伊藤一彦

もしもわれ老子であらばおもしろや菠薐草(ほうれんそう)を抱えて帰る 渡辺松男

寂しければ人にはあらぬ雲にさへしたしむ心しばし湧きたり 吉井勇

 

皆川博子『Fragments』

f:id:aniron:20220404001137j:plain

皆川博子の掌編に推し画家のみなさんが挿絵を手がけているというのでどうしても欲しくて入手した一冊。
詩的な文字をめぐる掌編はさすがは皆川博子といった感じで、反復されるイメージが美しい。いにしえの聖典のような趣すら感じさせる。
挿画もいずれも素晴らしく、叶うことならば実物をこの目で見たかったなという思いが強まった。
あいにくと会期は終わってしまったけれど、こうしてこの一冊の美しい本が手元にあるというだけで心が満たされる。
完売すれば第二弾が出版されるそうなので、ぜひ完売して欲しいと思いつつも、余人に知られたくないなと思ってしまう、素敵な本だった。

 

特別企画の落合直文のところ以外は通読した。
全体的に高齢の方が短歌を寄稿している印象が強く、もっと若い人の短歌も読んでみたいと感じた。
全体としては尾崎まゆみの「月光庭園」、叙景に徹した阿木津英「時のくぼみ」、療養短歌を歌った飯沼鮎子「シンバル」が良かった。
また詠嘆の特集に関しては、口語による詠嘆のあり方はまだまだ実作でも模索の余地があると感じたし、短歌の可能性の広さも感じられて良かった。さらに詠嘆にまつわる歴史を紐解く寺井龍哉「詠嘆は日々に輝く」は単なる語彙を超えた歌論となっていて見どころが多かった。
その他の短歌としては

 

ブロッコリー重ねて置けば食パンのたひらなる野に森が生まれぬ
──志垣澄幸

 

錠剤を飲むに小鳥の如くせり宿痾癒えよよき妻に戻れよ
──井谷まさみち

 

無音なる世界に目覚め黙りをし雪積む朝は亡き後のごとく
むらきもの心まづしきわれのため天は降らせり星の言葉を
この世での逢ひ叶はざりし死者たちの待ちゐる国をおもひて眠る
初夢のなみのりふねは妣(はは)をしへし回文とともに波間ただよふ
──黒羽泉

 

たとへば雪 さふいふものになりたいとあなたは僕の背中に書いた
──喜多昭夫

 

などが印象に残った。
また書評の大津仁昭歌集『天使の課題』の短歌群が耽美的で好みそうだったので、古書を注文することにしたし、複数応募したい公募が見つかったのも収穫だった。

 

適応障害と診断されて、さまざまなストレスを感じやすくなっているために読んだ。
私の場合は実家と小説講座の影響が大きかったのだけど、詳細は伏せるにせよ、その要因もきちんと書かれていた。
ストレスを感じるのも無理はない状況だったということはわかったし、今後は家庭の安全基地としての役割を発揮させるべく、できるだけ主人との会話の時間を大切にしたい。
エコーイング、リフレージング、相手の話の要約などは普段から無意識のうちに心がけていたことだったので驚いた。
今後ともコミュニケーションに役立てたい。
また作家の道を諦めて、詩歌の道に進むことを決めたのは、結果的に良かったのだという確信を持つことができた。その意味でもこの本を読めた意義は大きい。
定期的に読み返したい一冊となった。

全体的にまとまりがなく、散逸的な記述が多くて読みづらかった。
夜間に症状が悪化するというのは実際にその通りなので、やはり夜の時間の過ごし方が課題となりそうだ。
またストレスから逃げてばかりいては逆効果だというけれど、対峙すればいいというものではないと感じた。
新たな道を模索するというポジティブな方向性を希求したいし、実際にこの一年半もの間、私は小説の道を諦めて、詩歌の道を模索し続けてきた。そしてそれは一定の成果を挙げるに至ったと感じている。
ネットという場の環境にストレスを感じることに関しては、もう元には戻れないと思っているけれど、それでも自分が活動できる場を築いてきたことをまずは認めたい。
そうして一つずつ自分なりに変化に対応してきたこの一年半という時間は、決して無駄ではなかったと思っている。
今後とも世の中は不穏な状況が続くだろうし、無理に誰もかもとつながるよりも、自分にとっての居心地の良さを求めていきたい。

 

アニメのサウンドトラックを聴きながら読んだ。
維盛と義経推しだったので、維盛のモデルが上原謙という役者だったことをこの本で初めて知って、さっそく画像検索したところ、純和風の美丈夫がいて驚いた。まさに維盛という感じ。
まだ原作は読めていないのだけれど、それでもアニメを完走してしばらく経ち、改めてこうしてアニメ平家物語の世界に触れてみると、熱い想いをもって制作に当たっていたことが窺い知れて胸が熱くなった。
美術や装束など、さまざまな歴史画や日本画をベースに作り上げていった経緯も描かれていて、日本画ファンとしても嬉しい本だった。
アニメはもう一周したいなと感じているのだけれど、今度は一人で観ることになりそう。その前に原作をなんとか踏破したい。
平家物語の世界と、今の世の中の状況がマッチしている悲しみを含めて、じっくり味わいたい一冊となった。

 

いただきものの嬉野茶をのんびりと飲みながら読んだ。
何度も声をあげて笑ってしまって、そしてふと泣きたくなるような絵日記で、あるあるを描きつつ、丁寧で穏やかな日々を送るコアラに癒された。
クマちゃんや、犬のおばけ、カラスといった友達たちも素晴らしく、特にクマちゃんのお母さんの夢は泣きたくなった。
よつばと! が好きな主人にもぜひ読んでほしい一冊。

 

コロナに関する歌には興味がないので、松野志保の特集のみを読んだ。『月光』のバックナンバーで、松野志保の名があるものも購入した。
口語と文語の狭間で前衛短歌を詠むという試みだけでも刺激的に感じる彼女の短歌は、やはり二次創作、BLといった局面だけでは読み解けないのだと思う。
新作「ハッシャバイ」は思いっきりタイバニに全振りしてたけども、時間が経つともう少しそこから離れたところで読めのかもしれない。

 

すでに実践していることが多くて、あまり参考にならなかった。
「書く瞑想」というトピックだけに用途を絞ったことが物足りなさの原因なのだと思う。ノートの可能性はもっと広くて、抽象的な概念だけに留まっていることに不満を感じるとともに、私にとってのノートのあり方を今一度捉え直してみるいい機会にはなったと思う。
できれば自分が実践しているノート術に関するKDPを作りたいという思いはいっそう強まってきた。
引き続きノートを活用しながら、より良いノート活用術を編み出していきたい。

 

野志保の短歌を目当てに購入。彼女の短歌と、大和志保の連作が良かった。
ただ全体として前衛短歌の限界を感じたこともまた事実で、月光に入りたいという気持ちもどこかにあったのだけれど、やはり難しいという思いに至った。
ひとつには短歌の表現に多様性がなかなか生まれないこと、前衛短歌を掲げてはいても、その枠組みの狭さを感じざるを得ないことに落胆を覚えた。
気持ちのどこかではまた耽美的な歌を詠みたいという気持ちがあったけれど、その短歌の居場所はとても限られていて、少なくともここにはない。
同人で細々とやるのが関の山だと感じる。
少なくとも今は自分の志向する方向性で進みたい。

 

江戸雪の短歌が良かった。口語ながらもポエジーを感じる軽やかな調べが魅力的だと感じた。
その他には馬場あき子の対談で、古典を読むべしとの言葉が深く心に刺さった。
源氏物語平家物語も軽くしか触れられていないので、やはりしっかりと読まねばならないという思いを新たにした。
また居酒屋たむらに寄せられたメッセージは、歌人は誰しも同じ悩みを持っているのだなと親近感が湧いた。
プロの歌人となってもやっていくのは険しい道のりなのだと思うと途方もない気持ちになるけれど、それでも短歌が好きだという気持ちを大切にしていきたい。

 

非常に意味深長な本であったけれども、詩とは「プリミティブな根源から生まれ出て立ちあがろうとする過程のこと」と要約することができるのかもしれない。
本書を読みながら詩について自分なりに考えた日々はとても有意義だったし、一度読んだだけで内容を解することはできないので、今後幾度となく手にすることになる本なのだと思う。間違いなく今年のベスト本に入る。

 

歌誌月光68号

大和志保、宮野克行、高嶋和恵の短歌が良かった。特に記紀の神々や、万葉以来の和歌の流れを彷彿とさせる高嶋和恵の短歌の数々は、私が短歌を通じてやりたかったことのひとつの道筋を示してくれたのだと思う。萎縮してばかりいたけれど、今後は自らの信仰を歌う短歌も作りたい。

 

かねてより気になっていた俳人の句が載っているというので買ったのだけれど、やはり藤原月彦のエピゴーネンに過ぎないとしか思えず、前衛俳句の限界を感じて、特集を読んだ。
高柳重信、加藤郁乎は読まねばなるまい。また筑紫磐井『婆伽梵』は気になったので買って読みたい。
個人的には作歌の姿勢の変化と同様に、俳句も前衛よりも花鳥風月を詠んだ古典美を感じさせるものが好ましいと感じるようになった。
そうした点でも武藤紀子「西国の春」は素晴らしかった。
また「ある日の俳人」のページは自分自身の作歌の参考にもなると感じた。観察力をつけること、それをできるだけ頭の中に留めておくことの大切さを改めて学ぶことができた。

 

図書館本。桜が満開となった2022年3月28日、花見を終えて、余韻に浸りたくて借りる。読んでみると、奈良の古代氏族の葛城氏のエピソードから、『智恵子抄』まで、さまざまな日本の歴史や文学とともに桜の絶景が紹介されており、そのひとつひとつについてもっと知りたいと好奇心を掻き立てられた。中将姫伝説についてはあまり詳しくなく、折口信夫の『死者の書』も挫折してしまったのだけど、興味が湧いてくる。
またここのところ持病が同じということもあり、高村智恵子に興味がふたたび出てきた。私はちいちいさんと呼んでいる。
できれば高村光太郎・智恵子にまつわる著作ももっと読んでいきたい。

 

エミリー・ディキンソンをテーマに扱った絵本ということで、幼少期から好きだったのだけど、エミリーにシンパシーを感じる日々が続いているので手に取った。
“ママがピアノをひいているのをきいてごらん。おなじ曲を、なんどもなんども練習しているうちに、あるとき、ふしぎなことがおこって、その曲がいきもののように呼吸しはじめる。きいている人はぞくぞくっとする。口ではうまく説明できない、ふしぎななぞだ。それとおなじことをことばがするとき、それを詩というんだよ。”
まさにこれが私にとっての詩なのだと思う。
繰り返し奏でられる音楽から生まれる突然変異の変奏と、花が開くように表れる世界の不可思議さ。そうしたものを詩を通じて歌っていきたい。