ANIRON

ひとりごと日記

2022.06.06 中医学に触れること、知の領域を広げること

ここのところ詩を書いたり書かなかったり、本も読んだり読まなかったりと、なかなかペースを作れない。

主人の体調が悪化していることがダメージになってしまっているらしく、このままでは良くないと思って、かねてから関心があった中医学のことをもう少し勉強してみようと思い立った。

そこでほうじ茶を片手に、以前読んだ、鈴木養平『わがまま養生訓』を再読しはじめた。

主人は漢方薬に関心があるようで、私もかねてから心療内科で抑肝散を処方されていることもあり、もう少し漢方について詳しくなりたいと思う。

ただ、この本に書かれていることは、その薬を飲む前に養生をしましょうという趣旨のことで、主人はアレルギー体質なので、できるだけ食生活に気を配りたいと思う。

とはいえ私は持病でなかなかコンスタントに夕食作りができないので、スープ作りをして、野菜をたくさん摂れるように工夫することになった。

スープ作りのことについてはまた別途こちらのブログに書くつもりでいて、以前こちらの記事をはてなブログ運営さんにも取り上げていただいた。

snowrabbit21.hatenablog.jp

snowrabbit21.hatenablog.jp

これは旧居での記事なので、新居ではまた事情が異なるのだけれど、もともとスープは大好きで、食事の際にはやはり汁物が欲しいと思ってしまうので、できるだけ気がけて作るようにしたい。

それにしても学生時代は純粋に知の領域に収まるものにしか興味がなかったのに、結婚してからというものの、実用的な知のあり方に関心を持つようになりつつある。

学生時代まではそうしたあり方を軽んじていたのだけれど、日本のアリストテレスと呼ばれた貝原益軒が、平易な言葉を使って『養生訓』を書き、ベストセラーとなったように、案外卑近なところに近しい場所にも知はあるのかもしれない。

むしろそこからかけ離れたところで知的好奇心を振るって高踏的になるよりも、健全なことなのかもしれない。それは短歌に関しても全く同じことが云えて、案外生活と地続きなところにあるものの確かさや、より広い場所へと知を広げられる楽しみは侮れないのだろうと思う。

それもこれも私自身の持病がなければ、あるいは主人の体調が悪化しなければ気づかなかったことなのかもしれないし、一病息災と思って、病と付き合いながら知の楽しみを味わっていきたい。