ANIRON

ひとりごと日記

2022.06.07 詩の街ゆざわ短歌会に投稿しました&詩歌を作ること

主人は休みを取って病院へ行き、帰宅して危惧していた病気でないということがわかってひとまずほっとした。薬も処方してもらえたようで、何かと気が塞ぎがちだったここ数日が、ようやくいい方向へ向かって安堵している。

課題だったダンポールもようやく紐で縛って片づく目処がついたし、リビングに置く机も届いて、ようやく心機一転して作業に励めそうだ。

さまざまな小物の片づけがまだ残っているのだけれど、私自身の部屋のものが多いので、それはそう焦らずやっていきたい。

もっと深く、自我に潜水していかないと詩が書けないのだけれど、深く潜りすぎるのが怖くなってしまった。おそらくもっとも深いところにはすでに到達してしまったのだろうし、そうして書ける詩はこれまでに何編も書いてきた。詩だけが私の魂の深みへと誘って共に潜っていってくれるものだと信じている。

新居でも何編か詩を書いたけれど、もっと深くに潜りたい。そこには危うい暗闇が待ち構えているとわかっていながらも、それでも詩と共にありたいと思う。

自己にこだわりすぎると本を読めなくなるし、それが健全なあり方だとは私自身思っていない。ただどうしても満たされぬ渇きを癒すには、自己の内面に深く潜っていくことでしか叶えられないのだ。

無論そうであっても他者とのつながりはなくてはならないものだし、自分自身も他者に生かされていることを自覚せねばならないとも思う。

閉ざされながらも開いていて、他者と手を握ることを厭わないというのが私の理想とする在り方で、その点このブログはその形をいくらばかりかでも表しているのだと思っている。

おかげさまでコメントをいただくこともあるし、他のブロガーの皆様とのエア自助グループとして機能していると実感している。

この場を今後とも大切にしながら、次なる一歩に向けて足を踏み出したい。

この日記に綴ってきた詩論をまとめたいという思いもあるし、昨日書いたように、詩集を作りたいという思いもある。

ひとまず一年間はココア共和国への投稿を続けたいので、9月までは投稿に専念し、誘っていただいた合同誌に寄稿するための詩を書いていくつもりでいる。

今のところ昨年の9月から、5月を除いて9回投稿して7回は佳作入選をしているので、9月まで投稿を続けて、それから別の場所に投稿するか考えたい。

読みたい本も買いたい本も山積しているし、そろそろまた買ってもいいかしらとも思うのだけれど、あいにくと本棚がこの有様なので、もう少し減らしてからということになりそうだ。

 もっと短歌にも触れていきたいし、詠む方もしっかりやりたい。

モチベーションを上げるべく、先日賞状の額を買って、いただいたNHK全国短歌大会の賞状と、詩の街ゆざわ短歌会の賞状を飾ってみた。

そういえば今年も応募があるのだろうかと思い、チェックしてみたところ、ちょうど受付期間ということもあって、NHK短歌に投稿しようか迷っていたものの、まだ投稿していなかった恋歌の一首を選んで投稿することにした。

www.utanomachi-yuzawa.com

それから、短歌を発掘する中で見つけた、かつての親友との夏の思い出を詠んだ短歌を無料公開した。

note.com

kakuyomu.jp

きみの名を呼ばないままで手紙さえもう届かないふたりの距離は

「赤色の着物似合う」ときみが云う夏遠くなり手紙を捨てる

図書館の職場体験のちに買う本は格別だったねきみと

数多ある本を買えずにメモをして書店を回るきみといた夏

「今は何読んでいるの」と尋ね合う日々がまぶしい傷つくほどに

だんだんと齟齬が生じていく距離にきみの名呼ばぬままでいたくて

カラオケに行ったよねよくアニソンを歌うふたりの明日はまばゆく

リアルの友情を詠んだものではあるけれど、百合短歌として鑑賞していただいてもいいのかもしれないし、全くのフィクションだと思っていただいても構わない。

ここのところ作歌はほとんどできていなかったから、これを励みにまた作っていけるようにしたい。

歌は詠みつづけねばどんどん腕が落ちてしまう。詩歌というものはそういうものなのかもしれない。

暮らしの延長として短歌を詠み、詩を書くという行いがあり、両者が完全に乖離したところで成り立つ詩歌もあるけれど、私の場合は結びついたところにある方がより評価していただいているので、今後とも生活の一部として詩歌を作る習慣をつづけていきたい。