ANIRON

ひとりごと日記

2022.07.07 詩という自由の鳥

朝起きると全てがどうでも良くなっていて、実母のことも、実家のことも、何もかも許せそうな気がしてきたけれど、夕方ごろになって再び気持ちが沈んできた。

悪いことは続くと云うけれど、持病の適応障害の調子が悪いのか、さまざまなストレスが一気に騒ぎ立てるように襲いかかってきて、どうにも対処しがたい。 

相談窓口に相談しようかとも思ったけれども、あいにくと相談したいことが色々と重なり過ぎて、一から事情を説明する気力が今の私にはない。

明日気力があれば心療内科に再び電話をかけて、頓服薬のリスパダールを出してもらおうと考えているけれど、医師の考え次第なので、却下されることも考えうる。

レキソタンでは到底対処できないし、ベンゾジアゼピン中毒なのは今更だけれど、せめてその度合いは低く保っておきたい。今は2mgを定量で飲んでいて、+@で2mgを追加したりしなかったりするのだけれど、4mgを常服したくはない。

せめて抑肝散に置き換えられればいいのだけれど、抑肝散は瞬発力はあるものの、効果としてはどうしても弱めになってしまう。

ここ最近は毎日のように叫び出したい衝動に駆られるのをなんとか抑えている状況なので、ここはやはりリスパダールを処方していただきたい。

そうして消耗しきっていると、もはや詩を書くより他にしょうがないので、昨夜だけで三篇の詩を書いた。

いずれも没にするかもしれないし、どれを採るかどうかはまた日を置いて考えるけれど、私にとって詩とは唯一無二の友だと改めて感じたし、詩を書いている間だけは自由でいられる。

ココア共和国3月号に掲載していただいた「忘却の鳥」は、アニメ「平家物語」のオマージュとして、あるいはウクライナ情勢へ思いを馳せるよすがとして書いたものだったけれども、ここのところ私にとって詩とは自由に空を翔る鳥に他ならないのではないかと思う。

新居は6階で、ルーフバルコニーがあり、日々夕日を眺めたり、眠れずに徹夜した時には朝焼けを眺めたりしているのだけれど、時折鳥が欄干に止まったり、塒へ急ぐ鳥の姿を目で追うことがある。

そうして鳥を眺めていると、「空を翔る鳥は自由」という天守物語の一節を思い出さずにはいられない。

人間で、なおかつ毒親に囚われ、髪型ひとつ自分の自由にならない私は、あまりにも多くのものに囚われ過ぎていて、その重苦しい毛布の中で生きていくより他に仕方がない。

自由を望んでも毛布の中に押し戻されることにももう疲れたし、その疲れが朝の諦めへとつながっているのだろうし、あるいは自分の保守思想にもつながっているのだろう。

親への抵抗をつづけていた学生時代のようにはもう戻れない。その気力が今の私にはない。

ただ諦めながらも毛布の中で生きるすべを見出すより他にないし、その毛布から手を伸ばして誰にも読まれることのない詩を日々書くことでしか自由を得られないのだとしたら、私にとって詩を書くことの切実さは、きっとこの先も変わることがない。

明治期から昭和にかけて、全き自由という理想を実現するために、鏡花は女人を妖怪へと変えたと云うことを、以前鏡花のシンポジウムで聞いたことがあった。

今の時代になってなお、全き自由はあまりに遠く、私にそれを望むすべはどこにもない。

多くの人が定められた制約の中で、自分に許された範囲の中で自由を得ているというのが現実であって、その制約を全く抜きにして自由を語ることは、あまりにも非現実的なのかもしれない。

ただ詩の中だけでは私は自由でありたい。