ANIRON

ひとりごと日記

2022.07.13-14 毒親問題再燃と信仰というアイデンティティと

※以下の文章は伝統的神道への信仰心に則ったものであり、如何なるカルト宗教も断じて非難します。それらに加担するものではないことをあらかじめ断っておきます。

 

ここのところ主人の職場経由でのコロナ感染から、自分自身の心身の不調、毒親との絶縁問題、安倍首相の逝去という怒涛の出来事があって、ひとまず病気は回復したものの、後者二つについては整理がついていない。

安倍元首相のことについては、いくつか記事を書いていたのだけれど、今は到底対立陣営と話ができる状態ではないので、下書きに戻した上で、この日記を再公開することにした。

この問題についてはこの場では言及を避けたい。

もうひとつ、実家との絶縁について、主人と外食に出かけた折に言及があり、ふたたび悩みの種が再燃してしまった。

ひとまず明日医師に相談してみるということで話がまとまったけれども、この問題が生じてから、少しも気が休まらない。

主人曰く「文学と(私が信奉する)神道という二つの柱があれば、アイデンティティの再形成は問題ない」と考えたようなのだけれど、話はそう単純ではない。

神道を信奉するにしても、私のアイデンティティの根幹は故郷にあるので、故郷を捨てることはやはり難しい。二度と帰れないと思うと身が引き裂かれるような思いになる。

一方で病気の改善は、もはや親との絶縁なしには成立し得ない状況にあり、親と関わりつづければ悪化の一途を辿るのは、主治医及び都のLINE相談窓口の相談員の「親から離れなさい」という言葉を以てしても目に見えている。

現に親と復縁してから適応障害を発症したと医師は明白に診断しているし、それは紛れもない事実だ。

医療的に考えれば絶縁するのが妥当だが、私の脆弱なアイデンティティは、故郷および血縁を抜きにしては保たない。

主人からは「親御さんに褒められた時が一番嬉しいと思う?」と訊かれたけれど、実際のところ私が作家を目指したのも、その大きなファクターの一つは両親からの期待だったし、自分自身の意思だけではなかった。

そうした時に自分にとって完全に自由で自立したアイデンティティというものをいかに構築していくかということを考えなければならない。

例えば実家を捨てる代わりに、主人との生活にかなりのメンタルの比重を割くということも考えうる。

主人との生活をより充実したものにしていくこと、安全基地としての家庭を安定させることはもちろん大切で、それは岡田尊司『ストレスと適応障害』にも載っている通りだ。

実際にここ最近を振り返ってみると、主人との生活により重きを置くようにはなっているし、それで幾らか私の精神状態が安らぎを感じているのも確かだ。

snowrabbit21.hatenablog.jp

そこで自分自身の信奉する神道の基盤の在処を、故郷ではなく、現在の家庭という場に置くということも考えうる。

現在の世の中の状況だとなかなかセンシティブな話になるので恐縮ではあるのだけれど、今後の私自身のために書いておくと、信仰の対象としての八百万の神(例えば伊弉諾命・伊奘冉命)に家内安全を願うということがもっとも妥当ということになる。

ただこのあり方についてはごくごく個人のレベルに留まっているだけのものであり、私は直接的に他者からの影響を受けることもなく、また布教などの形で与えるつもりはないことを書いておく。

そういうわけで、昨日は主人に贈ってもらった婚約・結婚指輪を納めるNIWAKAの桐箱に、これまでいただいたおみくじと、挙式した際にいただいたものと、別日に同社でいただいた、阿佐ヶ谷神明宮のお守り二体を納めて、リビングのデスクの少し高いところに安置することにしたのだった。

ひとまずこの形でお守りを大切にしつつ、神棚に日々お詣りするという形を取りたい。

現在のところはそのような形で神道を奉じていく他ないのではないかと思う。

なかなかセンシティブな話になってしまったけれど、無論私は一切のカルト宗教に加担するつもりはないし、擁護するつもりもない。

あくまでも伝統的な神道に則って信仰を続けることを書いておく。