ANIRON

ひとりごと日記

2022.07.15 #3 失語という体験を考える

ここ数日というものの、世の中でも個人的にも様々な出来事があり、到底耐えうるものではなかったし、自分自身の言葉の無力さを噛み締めた。

私は今詩を書くことも、短歌を詠むこともできず、おおよそ創作というものから離れてしまっているけれど、それは言葉の無力さ、あるいは知性の力の及ばなさを痛感したからでもあったのかもしれない。

云うなれば私は内的な要因からというよりは、外的な要因から失語というものを経験したのであって、それはかつて出身地である長崎の市長が凶弾に倒れた高校時代の記憶と分かち難く結びついている。

当時の私は何も手につかず、高校の教師に宿題を終えられなかったと告げたのだが、教師は一顧だにしなかったのを覚えている。

犯人の動機が如何なるものであれ、またその背景が何であれ、一時的に言葉を失ってしまうという空白の時間は、あの時とそう重みが変わるものではない。

ただその喪失体験を書き留めておきたいという個人的な動機から、この文章を書いておく。

それはメディアが盛んに喧伝した言論の自由、民主主義を守るべし云々と云う、大仰で大義名分的なものではないけれど、むしろあの事件の後の出来事が奪い去ったものこそ、そうした発語の機会であって、それが犯人の手によってではなく、その後の世間に渦巻く論調によって封じざるを得なかった、ということを、私はおそらくこの先も忘れることはないだろうと思う。

あの事件ののちの世の中の動向については言葉をあまり割きたくないけれど、これも外的な発語の困難さという点ではそう変わらず、その状態は今なお持続している。

実のところこの4つ前の記事として、2本ほど記事を没にしていて、それらはおそらく今後表に出すことはないだろうと思うし、このブログも一時的に非公開にせざるを得なかった。

そうした点では、私の発語する時空間や、私の思想にとても大きなダメージを与えたということは記しておきたい。

ここのところ様々な喪失体験がつづき、ここに書けることもあれば書けないこともあるけれど、心身ともに消耗していて、それらの最たるものは言葉だったのではないかと今は思う。

こうして言葉を弄していても、具体的な言葉を秘匿することで、云わなかった言葉、書かなかった言葉を喪失し続けているという矛盾を今胸に抱いているのだけれど、このことを誰よりも克明に記したのは石原吉郎ではなかったかと思う。

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ことばについて、ことばで語れば語るほど、ことばそのものが脱落して行くという状態を、私たちはもう経験しすぎるほど経験しています。私たちは、いわばこういうかたちで、やがてはことばの失速状態、失語(下線部傍点)におちいって行くわけですが、さらに、語られる問題がことばそのものであり、それを語る手段がことばであるという関係によって、加速度的に行きづまらないわけには行きません。

──石原吉郎石原吉郎詩文集』講談社、2005年、p137

 

失語という過程について、私が関心をもつもう一つの問題は、それが周囲の人間とは無関係に起る、完全に孤独な出来事だということです。私は囚人として強制収容所という圧倒的な環境のなかで、いわば集団として失語状態を経験したわけですけれど、失語そのものは、一人の個人について固有に起こった(下線部傍点)としか考えられません。周囲の人間に無関係に、という理由は、ことばをうしなう過程そのものが、人間にたいする関心をうしなって行く過程でもあるからです。

では、ことばというものは、一人きりになった人間にとって、どういう意味をもっているのでしょうか。(…)ことばは結局は、ただ一人の存在である自分自身を確認するための一つの手段である、という認識に到達せざるをえません。ことばは結局は、自分自身を納得するために、自分自身へつきつける疑問符とならざるをえません。

──石原吉郎石原吉郎詩文集』講談社、2005年、p140

図らずもこの言葉を今痛いほどに噛み締めている。