ANIRON

ひとりごと日記

2022.07.20 アイデンティティの再構築を模索する途上について

思想的な問題について書こうと思って3本ほど記事を書いたのだけれど、いずれも没にしてしまった。要するにこの場に書けることがない。

自己検閲が強すぎるのか、世の中の動きがあまりにもセンシティブな問題をはらんでいるために自己規制せざるを得ないのか、おそらく両方だと思う。

私にとって今思想を自分の手で固めていくことは、アイデンティティの再構築という問題に際してとても重要なので、本当は書きたいけれど、書くに書けない。発語に支障をきたすという問題はここにもある。

そういうわけで発語の困難さと、グランド・ゼロ状態となったメンタルの状況をなんとか言葉として昇華したくて、短歌11首を詠んだ。

短歌についてはどこかに投稿するかもしれないので、相変わらずこの場には載せないでおくけれど、私にとっての原体験はやはり長崎という地と分かち難く結びついているということを改めて感じたのだった。

いつ故郷に戻れるか、もはやわからない。親と死別しなければ難しいかもしれない。育ての親である祖母の死に目にもおそらく会えないだろう。

愛する故郷、愛する長崎の地に足を踏み入れられないというのは身を切られるようにつらい。

おそらく都会人にはおおよそ理解し難い感覚かもしれないけれど、私は福島第一原発事故ののち、故郷に帰ることのできない人々に想いを寄せざるを得なかった時期が長く続いた。

あの震災について、私は直接的に経験をしていないため、多くを語る資格を持たないのだけれど、ただその人々の痛みはどれほどのものかと思うと、想像するに余りある。

それほど故郷というものは、私にとって、そしておそらく多くの地方在住者にとって、切実な存在なのだ。

長崎県の銘茶・彼杵茶を飲むことをやめようかとも思うけれど、そうするといよいよ故郷から切り離されてしまうようで、私には耐え難い。同様の理由で、おそらく長崎の宝飾品店で買って両親に贈ってもらった厄除けのクロスモティーフのネックレスも捨てられないだろう。

そういう弱さを抱えながら、それでも生きるしかない。

故郷を憎んだり、親を恨んだりする気力はもはや私の中にはない。

ただこれから時間をかけて少しずつ過去のものとしていくしかないのだと思う。そうするには時間を要する。それも私が考えているよりずっと長い時間がかかるだろう。

そういう意味で、ネガティブ・ケイパビリティという考え方は、今の私にはやはり必要なものなのだろうと思う。

おおよそ論理的とは云いがたい文章に耐えかねて、なかなか読み進められずにいるのだけれど、論旨としては、性急に結論を出すことなく、時間をかけて問題を抱えたままやり過ごしていく能力のことをネガティブ・ケイパビリティと云うのだそうだ。

主人にはこの才能があって、だからこそメンタルに重い持病を抱える私と長らく付き合ってこられたのだと思うのだけれど、私は白黒つけなければ追い詰められてしまう脆弱なメンタルの持ち主なので、この能力が欠けている分、著しく小説講座で傷ついて適応障害を発症したり、その後も小説の道を歩むのか、詩歌の道を歩むのかで随分と悩みつづけてきた。

今もその問題を保留にしたまま詩歌を作っているけれど、親との問題によって、アイデンティティ・クライシスを迎えた今、まさに保守かリベラルか、故郷の土着の信仰に根ざした神道信仰を捨てるべきか守るべきか、その二択で葛藤することになっている。

ただしそれも今は保留にせざるを得ない。

今のところの心境としては、まずリベラルに戻ることはないだろうと思っているし、いくら故郷に帰れないにしても信仰を捨てるということは私にはできないだろうと思っているけれど、時間が経てばこの限りではないかもしれない。

いずれにせよできるだけ時間をかけて、じっくりと自分の中にアイデンティティを再構築していく他ない。

それは一朝一夕になるものではないし、さまざまな本を読んで補助線を引きつつ、手探りでやっていくしかないのだろうと思う。

……というのが、今この状況下において、この場に書ける最も冷静で客観的な文章ということになる。

この場に書きたくても書けないことは色々あるけれど、ひとまず現時点で考えていることを以上のようにまとめておくことにする。