ANIRON

ひとりごと日記

2022.08.07 都市と田舎と

もう数年単位で行っていなかった新宿へ久々に行って、友人と主人と食事をしてきた。

感染リスクの懸念があったため、マスク会食を心がけて、場所は屋上のテラスを選んだのだけれど、そこはいわゆるぼったくり居酒屋で、どうしようもない貧相な料理ばかり出てきた。

私はノンアルコールをいただいたのだけれど、主人と友人はアルコールを頼んで、友人は質の悪いお酒に悪酔いしてしまったようだった。

街の空気もしばらく行かないうちに変わった様子で、前よりもギスギスとした空気感へと変わっていると感じた。

私が学生時代はしょっちゅう新宿へ行ってTSUTAYAでCDやアニメのBDを借りたり、マルイへ足を運んだり、そこそこ楽しめたのだけれど、いつの間にか駅前のビルの様子も様変わりしていたし、大塚家具はヤマダ電機に変わり、IKEAができていた。

日本が貧しくなっているという空気を肌で感じた気がした。

私は東京郊外の田舎っぽい雰囲気に馴染みすぎることを恐れていて、学生時代はわりと都心部に近いところで過ごしたため、このまま文化的なものに触れられなくなるのではないかと不安を抱いていた。

しかし、東京都心部の空気感はあまりにも殺人的で、私のような病者は元より、健常者すらも疎外してしまうのではないかと思うほどだった。

健常者である主人曰く、数年前に行った時よりも新宿の空気は悪くなっていると云う。

私は学生時代は東口、近年までは西口で過ごすことが多かったため、東口を歩いたのは久しぶりのことだったけれども、それでも街を行き交う人々の様子や、忙しなく落ち着かない街の雰囲気に圧倒されてしまった。

そうして食事をして友人と別れたあと、帰宅することになり、田舎の地元駅に降りたって、ようやく心が落ち着いた。

都心にこのまま行けなくなってしまうのではと危惧していたここ数年の不安感は、やはりここで生きていきたいという思いに変わった。

この土地だってあまりお上品な土地柄ではないけれど、都心の殺人的な空気感はないし、よほど「心のある街」だと思う。

youtu.be

八十八ヶ所巡礼が「ぶっ飛ぼうぜ 心のある街へ」と歌った、その価値を私たち夫婦は信頼している。

そうして地元駅を歩いて、主人が「飲み直そう」と云うのでコンビニに寄って、おつまみと飲み物を買って帰った。

主人が漬けた自家製の糠漬けのきゅうりも、主人が焼いた獅子唐辛子も大変美味で、「こういう野菜を都心で食べようと思うと、お金がかかりすぎる」と云っていた。

それは同意で、私は学生時代は親元で都心のいいお店に連れて行ってもらっていたから、そこそこのものを食べさせてもらっていたけれど、都心の大半のお店は同様ではない。

それよりもこうして田舎の西友で買った野菜を糠漬けにしたり、さっと炒めたものをいただく方が、よほど心が満たされる。それがどれほど贅沢なことなのか、今になってようやく分かった気がした。

主人には感謝したいし、改めて田舎の素晴らしさを感じたのだった。

ここのところ養老孟司の動画などを観たりするけれど、彼も都市というものの危うさを説いていて、今まさに私がこの日実感したことと重なる部分が多く、彼の著作を読んでみたいと思う。

またこれは多摩地域を愛する宮崎駿の思想にもつながっていそうだし、先日耳をすませばをBDを買って観た意義は大きかったと感じる。

時代は遡るけれども、「となりのトトロ」などもそうした環境的思想のもとに作られた作品だろうし、また観てみたい。

ちなみに「となりのトトロ」は主人がジブリ作品で最も好きな作品で、彼が好ましいと思うのもわかる気がする。

メダカを育て、植物を育て、細々と暮らしている私たちと、養老孟司宮崎駿両者の思想はどこかで交わるところがあるのかもしれない。