ANIRON

ひとりごと日記

2022.08.16 ココア共和国投稿と「共感」について

今月もココア共和国に投稿した。

ただ、今月は全体として、あまり自分の詩の出来がよろしくなかった。

恋愛に偏りすぎてしまったために、似たような詩ばかり書いてしまったし、療養詩から少し足を踏み外してしまったためか、切実な悲しみがそこにはない。

結局『大菩薩峠』オマージュの散文詩を送ったけれど、これは連作にするか、余力があれば短編小説に仕立てようと思っていたものなので、編集部がどのように評価するかは未知数だ。

大菩薩峠』は主人が完走してたびたび朗読をしたり話を聞かせてくれた書物で、日本文学史上最も長い大長編小説となっているらしい。

大菩薩峠』の主人公・机竜之介に焦がれた宮沢賢治は、彼へのオマージュをこめた自作の楽曲まで作ったというのだから、その魅力的な主人公像に私も惹かれずにはいられなかったのだった。私にとって宮沢賢治は憧れてやまない作家だ。

とはいえこの私の作った詩は、個人的には詩にはなりきれていないようにも思うし、私が編集部だったら落とすかもしれない。

それでも送ったのは、そこに私なりの切実なペーソスがあったからだったし、だからこそ短編小説に仕立てようという気にもなったのだった。

とはいえ他の詩を見てみると、先月の方がよほど詩として真っ当なものを書いているなということに気づき、やはり量をこなしながらも適宜軌道修正していかねばならないと思い至ったのだった。

まだまだ及ばない身ではあるけれど、今後とも精進していきたい。

その後、夕方になってUSAOさんのアルバムを聴きながら、この詩に関連する連作を一編書いた。 

Kick's for Liberation 7

Kick's for Liberation 7

  • USAO
  • ダンス
  • ¥1528

music.apple.com

個人的にはこちらの方が気に入ってしまったのだけれど、いずれにせよサディスティックな詩風だ。

どちらかというとこれらの連作はテクノよりも陰陽座の方が親和性が高いのかもしれない。

youtu.be

短編小説に仕立てるかどうかはまだ現時点では決めかねているけれど、四篇ほどの連作にしようと考えていて、完成した暁にはまた折本詩集を制作したい。

既刊の折本詩集もよろしくお願いいたします。

star-bellflower.booth.pm

夜を歌った詩を四篇収録しています。

細部を検分する間もなく闇は濃くなり、男の、女の、あるいはそのどちらでもない声が満ちた密室に閉ざされたまま炎に包まれて、ちいさな球体を抱えてうずくまったまま、はるか遠くから聞こえてくる無声の音楽に耳をすませる。 ——「夜の音楽」より

-収録作品-

精霊流し

夏の亡霊

夜の言葉

轟音を友と呼ぶ

 

star-bellflower.booth.pm

海をテーマにした散文詩5篇を収録した折本歌集です。

行く宛のない「あなた」への手紙、焦がれるような夏へのサウダージ、終わる夏への挽歌をサブテーマとしています。

越境する神々を信じながら、不信の顎門に囚われて、なすすべもなくあらゆるきみたちを恨み、(きみの聴く講談のアウトローたちは怒りを暴発させても浄土は三千光年先だね)(絶望の只中を周回しつづける船に乗ることを宿命づけられた者たちの系譜に連なる私もまた)眠る場所さえない。──「大時化の海へ」

-収録作品-

大時化の海へ(現代詩手帖落選作)

あなたへ

女神の痕

神の国より

魚地獄

 

star-bellflower.booth.pm

note.com

おまえは海の底から産まれ出て、やがて痛みをなぐさめるためにこの地上に遣わされた使者なのだ。──「この痛苦を慰撫するものとして」

ポケットモンスター サン・ムーンに登場する、アシレーヌウツロイドへの憧憬から生まれた散文詩4編を収めたPDF配信折本詩集です。 A4一枚、四編の散文詩を収録しています。

-収録作品-

この痛苦を慰撫するものとして(アシレーヌ

無謬の抱擁(ウツロイド

原初の海へと還るまで(ウツロイド)※ココア共和国2022年8月号佳作入選作品

虚ろな夢の名残り(ウツロイド

ポケモン好きな方はもちろん、水無月となり、海を感じたい方にもおすすめの詩集です。

 

それから先日、『少女終末旅行』3巻を読んだ。

共感というものが生命の証であるというシーンが度々出てくるけれど、私には到底そのような牧歌的な考えは抱けない。

オフラインであっても、共感というものの成り立ちがあやふやで一時的なものである以上、それをもって生きていることの証と位置づけることはどうしても難しい。

共感というものを抱くには、人間と人間が対等であるという前提に立たねばならないが、実社会において、あるいはこの30代を生きる専業主婦である私という生き物にとって、共感を抱く/抱かれるということは、実際にはかなり困難だ。

そうでもなければ「いい暮らしをしていて何より」だの「あなたは恵まれていていいよね」だのと云われることもないだろう。これらは実際に女友達なり、実の家族なりに云われた言葉だけども、そこには日々病に臥せる私への共感は一分たりともない。

女性という生き物がそうした階層的な分断の中で生きていることは、疑いようのない事実であって、これを乗り越えたところで通じ合うことはなかなか難しい。

周りから嫉妬されるあまり、スピリチュアルにどハマりして身持ちを崩した先輩専業主婦の姿をこの目で見ているだけに、これは洒落にならない話なのだ。

それほど共感というものはあまりにも脆いものだし、フィクションの中で成り立つことができたとしても、現実にはそれを構築することはもはや不可能と云っていいのかもしれない。

ネット上の共感については、あまりにも個人的にセンシティブな内容に触れざるを得ないため、念のため言及を避けておくことにするけれど、ネット上における共感の脆弱さほど当てにならないものはないということは書いておきたい。

ただ、私はエア自助グループとして購読リストを作っているという話は以前から書いている通りで、ネット上に共感があるとすれば、それは付かず離れずの距離でそっとブログを訪ね、スターをつけたりつけなかったりする程度の距離感でしか生じ得ないのだと思う。

その役割の一翼をこのブログが担えればそれほど嬉しい話はないし、ぜひお役に立てていただければと思う。