ANIRON

ひとりごと日記

2022.08.17 連作散文詩完成と悲しみと

作詩

中里介山大菩薩峠』の主人公・机竜之介オマージュの散文詩4編の初稿ができた。

これから手直しを施して、折本として頒布するつもりでいる。

さらに四作目については、別の三篇の詩とともに、フォロワーさん主宰の文芸同人誌に寄稿することにした。

作品についてはあまり多くの言葉を割かずにおきたいのだけれど、久しぶりに詩を書いていて楽しいという感覚があり、これまで苦しい思いをしながら詩を書いてきたことに対して、やはり複雑な思いを抱かずにはいられなかった。

自分の苦しみや悲しみを掘り下げていく作業は、創作ではどうしても必要なことではあるけれど、そのダークアンビエントの流れるような地獄の世界に身を引き摺り下ろして詩を書くのはやはり苦しい。

その苦しさから逃れたいという思いも確かにあったし、かといってかつての作風にはもう戻れそうにないという葛藤の中で、療養詩歌と耽美の狭間にあるものをさらに模索したいと思ったのが、この四部作ということになる。

もともと一篇書き上げてから、短編小説に仕立てようかと迷ったけれど、病状が整わないことから、詩の連作にすることにした。

結果的に四季になぞらえた四篇が出来上がり、その出来はともかく、試みとしてはかねてからやりたかったことができたと云ってもいいのかもしれない。

本音を語るなら、やはり短編小説に仕立てることに未練を感じてはいるので、もう少し時間をかけてこれらの作品とじっくり向き合いたいとも思っている。小説という形にはすぐにはならないかもしれないけれど、少なくとも希望を抱いていたい。

これらの連作は、どちらかというと療養詩歌というよりも、『挽歌-elegy-』『真珠姫の恋』に書いてきたような、耽美的でホラーテイストな散文詩の連作に仕上がった。

note.com

なお『真珠姫の恋』は新たにお読みいただきまして、ありがとうございました。

両作ともKindle Unlimited会員様は追加料金なしでお楽しみいただけます。

頒布開始の折にはまたこちらのブログとTwitterで告知ができればと思っております。

 

少女終末旅行』4巻と村上春樹村上さんのところ

少女終末旅行を4巻まで読んだ。

出会いと別れを繰り返しながら少女たちは人間というものの本質を知っていくのかもしれないと思った巻だった。
ヌコの正体は生命体と機械の間のような生き物だったけれど、彼らが歌を持っているというのが詩的で哀感をそそる。
巻を増すごとに魅力が増えていっているなと感じるし、巻末のチトの日記は、日々日記を書く人間としては見られてうれしい。文字は読めないけれど、彼女が日々を綴っているという事実が私を下支えしてくれる気がした。

詩とは歌で、歌の本質はやはり悲しみにあるのだろうと思う。

その根源的な感情に明け暮れた一日ではあったけれども、こうしてチトとユーリのささやかで壮大な旅に触れたことで心が少しだけなぐさめられた気がした。

朝、ここのところさまざまにストレスフルな出来事が続いていて、抑うつ感が強くなっていたため、ふと思い立って村上春樹村上さんのところ』をパラパラと読み返した。

寄せられた悩みは私の抱えるものとは異なるものもあったし、本質的には同様のものもあった。その詳細についてはセンシティブかつプライバシーに関わるので書かないが、その同様と思われたところの質問に対しての回答を抜書きした。

走り書きなので字がかなり乱れているのは目を瞑ってください。

お気の毒です。とても悲しかったと思います。どうかその悲しみを抱えて生きていってください。それも生きる大事な意味だと僕は思います。「悲しいことは早く忘れた方がいいよ」と言う人もいるでしょうが、悲しみを忘れないこともやはり大事です。

──村上春樹村上さんのところ』新潮社、2015、pp35-36

もしあなたの中に空洞があるのなら、その空洞をできるだけそのままに保存しておくと言うのも、大事なことなのではないかと思います。無理にその空洞を埋める必要はないのではないかと。これからあなたがご自分の人生を生きて、いろんなことを体験し、素敵な音楽を聴いたり、優れた本を読んでいるうちに、その空洞は少しずつ違うかたちを取っていくことになるかと思います。人が生きていくというのはそういうことなのだろうと、僕は考えているのですが。

──村上春樹村上さんのところ』新潮社、2015、pp44-45

そうして悲しいという感情に蓋をすることなく、時には入り浸って感傷に浸たることも、時には大切なのかもしれない。

そうでもなければタブッキの『レクイエム』『イザベルに ある曼荼羅』のような連作は生まれ得なかっただろう。

そうして悲しみを糧として、時にはその切なくて甘い感傷を味わったり、傷ついたりしながらも、なんとか生きていくしかないのだろうと思う。